“Oh my darlin’, oh my darlin’, oh my darling Clementine,....”これは西部劇”愛 しのクレメンタイン(日本題名”荒野の決闘”)”の主題歌の歌い出しである。1 849年、ロスアンゼルス近郊で金の鉱脈が発見され、全米から荒くれ男が集まっ てゴールド・ラッシュが始まった。彼らはフォーティナイナー(49er’s)と 呼ばれ、その中の一人の鉱山主の娘クレメンタインは、これら荒くれの憧れの的に なる。そして有名なフォークソング”My darlin’ Clementine”が生まれた。

 クレメンタイン・ミッションは月と小惑星の鉱物組成を決定することを目的にし ていた。そしてこの歌は”・・・・Lost andgone forever, oh my darlin’ Clementine” で終わる。クレメンタイン・ミッションも小惑星フライバイの後、宇宙の彼方へ飛 び去る予定であった。しかし、ソフトウエアの不具合によって、小惑星探査ミッ ションは行われないまま、歌の様に永遠の彼方へ失われてしまった。

 このクレメンタインはDSPE(Deep Space Program Science Expriment)という軍 の計画した月・惑星探査計画で、きわめて小型軽量でありながら、観測機能は多彩 というユニークなものである。80年代のはじめ、冷戦時代に大陸弾道弾から米国 を守るということで始められたSDI計画にその端を発する。そこで技術開発の結 果生れた、非常に小型で軽く(ここに説明されている観測器全部の重量を合わせて も7.4kg程度、必要な電力も97.3Wですむ)、コストも安い観測機器やシステムを実 際の宇宙環境に曝し、その特性をデモンストレーションしたいという軍の目標と、 その結果得られるデータを科学研究に有効利用するというNASAの意向がうまく かみ合って、この計画は共同で実施された。

 1994年1月25日に打上げられ、2月19日、周期5時間という、月を回る 楕円極軌道に投入された。ここで約2カ月間、月を303周し、表面の詳細なマッ ピングを行った。撮影されたイメージは軌道一周する間に平均400〜500枚、 全部で160万枚に上った。これら紫外から可視、赤外領域でのマルチスペクトル データはすべて地上に送られた。それらのイメージはインターネットに置かれ、希 望する研究者は誰でもアクセスできるようにした、ということも画期的なことで あった。月探査終了後、小惑星Geographosに向うが、前述の通り失敗におわった。
(あすてろいど No.94ー02参照)

 クレメンタインS/C(宇宙船)はNaval Research Lab.で組立てられたもので、 Lawrence Livermore National Lab.で設計・製作されたセンサーを搭載している。そ の主なものは光学観測器で、その内の一つはレーザー測距システムを持っている。 それらはUVVIS(Ultraviolet-visible)カメラ、LWIR(Long-wave infrared)カメラ、 LIDAR(Laser-ranger)を持ったHIRES(High-resolution)カメラ、およびNIR (Near-infrared)カメラである。それらの観測器を表に、その視野を図2に示す。

 さらに2台のスタートラッカー・カメラを持っている。その主たる目的は姿勢の 決定であるが、広視野カメラとして種々の科学観測や運用に用いられる。

クレメンタインは観測器を目標に向けるために12個の小さな姿勢制御用ジェット を持っている。姿勢制御システムは前述の2台のスタートラッカーと2台の軽量型 慣性航法装置、すなわち1台のリングレーザー・ジャイロと1台の干渉型ファイ バー・ジャイロを持っている。月軌道上ではReaction wheelによって3軸制御され、 その制御精度は0.05°、決定精度は0.03°である。


 飛行前キャリブレーションはLawrence Livermore National Lab.の自動較正装置を用 いて行われた。この装置は月面の考えられる輝度レベルをマッピングのためのカメ ラの視野の変化に対応することができる。較正のための測定項目は次の全てをカ バーしている。ラジオメトリックな感度、FPAの一様性、ゲインとオフセットの スケール・ファクター、時間−空間的雑音、FPAの暗電流の温度依存性、積分時 間または入力信号レベル、FPAの分光応答特性、光学的ディストーション・マッ プ、実像分布関数、電子回路のウォームアップ時間、および冷却器のクールダウン 時間。LWIRの様な熱環境に感度を有するセンサーは、宇宙の熱環境をシミュ レートする真空槽の中で雑音測定を行った。飛行前のキャリブレーションによって 得られた諸係数は観測データに適用され、期待された性能とよい一致を見た。

 インフライト・キャリブレーションも行われた。それらのデータは真空での飛行 条件やミッション中の性能の劣化を補正するのに用いられた。両方のキャリブレー ションの組み合わせによって5%以上の精度が期待される。

 その他、荷電粒子望遠鏡も搭載されているが、ここでは光学観測装置のみについ て紹介した。(なお、ここに用いた図と表はS.Nozette他、The Clementine Mission to The Moon : Scientific Overview, SCIENCE, Vol.266, 16 Dec. 1994によります。)















(写真はD.L.Burnham ; Clementine, SPACEFLIGHT, Vol.36, Sept., 1994による。)
UVVISカメラの光学系は溶融石英のレンズでできたカタジオプトリック望遠鏡であ る。カタジオプトリックとは反射鏡と屈折レンズを組み合わせた光学系で、反射光 学系と屈折光学系の長所を組み合わせたものである。比較的広い波長範囲と視野を 持たせることができる。像はコーティングされたThomson社製のCCD撮像装置に 結ばれる。波長域の短い方は溶融石英の透過率とレンズの光学的ボケによって制限 され、長波長側はCCDのレスポンスによって制限されている。5個のスペクトル バンドと1個の広帯域バンドはフィルター・ホイールによって選択される。図2に それらの波長バンドを示す。CCDはフレームトランスファー型の素子で、電子 シャッターによって信号積分時間が制御される。CCD電子回路のゲイン3つの段 階に切り替えられる。月の昼側がターゲットで太陽の直下点に近い明るいバンドの 観測では、積分時間は数msecでゲインは最低レベル(1ビット当り1000個の電子) に設定される。極地域の観測で感度の弱い波長域、415nm付近や1000nm付近での撮 像では、積分時間は40msec、ゲインは中間レベルに設定される。

NIRカメラの光学系はカタジオプトリック型で、機械的に冷却された256X256ピクセルのInSb のFPA(Focal plane array:像画アレイ)と組み合わされている。FPAは月軌道では 70±0.5Kで、6個の波長バンドで働く。図2にその波長バンドが示されている。

HIRESカメラは、軽量望遠鏡システム、イメージ・インテンシファイアーおよ びフレームトランスファーCCD撮像装置を組み合わせたものである。波長域は 400nmから800nmである。この間の5個のバンドがフィルター・ホイールによって選 択される。6番目のフィルターはイメージ・インテンシファイアーを保護するため の不透明バンドである。月の昼側の撮像時には、イメージ・インテンシファイアー のゲートタイムは1msecで電子回路のゲインは低レベルに設定される。イメージ・ インテンシファイアーの寿命の観点から、低レベルの露出で作動させている。この ため、HIRESセンサーとしての雑音レベルとしては光電子ショットノイズが大 きくなっている。

LIDAR装置はHIRESカメラの視野の一部を使い、Nd −YAGレーザーの1064nmのリターン・シグナルを分離し、ダイクロイック・フィ ルターを持ったアヴアランシェ・フォトダイオードで検知する。光学系は画像型で はなく、リレー光学系を通して出射瞳がAPDに来るようになっている。距離は レーザーの発射パルスと受信信号の間のクロックパルスの数で測られる。

 LWIRカメラの光学系はやはりカタジオプトリック型で、65ンKに冷却された 128x128ピクセルのHgCdTe FPAと組合わされている。観測波長はフィルター によって80から9.5um設定されている。  スタートラッカー・カメラの光学系は共軸光学系で、光ファイバーの像平坦化シ ステムでCCDアレイの像面に結合されている。スタートラッカーの第一の目的 は、撮像された星像を搭載されたスターカタログに対してプロセスして、航法のた めの絶対的角度基準を与えることである。科学的目的は二義的なもので、広いバンド 幅の観測しかできないし、ライントランスファーの電子シャッターのために、例えば地球からの 反射光によって照らされた暗い目標のイメージングにしか用いることができない。