近年、地球環境問題に関する議論が各方面でなされている。水道水汚染やごみ処
理の問題などの身ぢかなものから、フロンガスによるオゾンホールや炭酸ガスによ
る温暖化など、全地球的な問題である。これらは、放置しておくと、人類の生存が
危機にさらされるとして、代替フロンの開発や森林伐採の規制などの対応策がとら
れようとしている。
上記の地球環境問題は、ほとんど全て人類が作り出してきたものである。私達の
現在の快適な生活の代償として現れたもので、人類全体として取り組むことにより
解決することは可能である。もっとも、このような快適な生活に慣れきった人々に
とっては多大な苦痛を伴う努力かもしれないが、いずれにしても、人類自身が決め
る問題である。
地球環境問題のもう一つの視点を考慮することも大切である。それは、人類が作
りだしたものではないカタストロフィーの発生である。太陽系空間をまわっている
小惑星が地球に衝突し、膨大なエネルギーの爆発をすることは、地球の歴史の中で
何百回、何万回とあった。その証拠は古い地層の中にいくつも残されている。
6,500万年前の恐竜の絶滅は、メキシコのユカタン半島の先端に落下した直径10Km
あまりの小惑星衝突によるとする説が有力になってきた(図1)。このような現象は
頻度は少ないけれども、まちがいなく起こっているのである。次の衝突がいつ起こ
るか判らないが、確率的な現象であるために、いつ起こってもおかしくないのであ
る。万一、このようなことが実際にあれば、それは他のどの原因より大きな影響を
地球環境に与える。全人類が滅びる可能性すらある。それらに対する対策をたてる
ことは非常に重要で、必要なことである。
1801年に最初の小惑星が発見されて以来、現在までに1万個をはるかに越えるもの
が検出されている。これらの中で何回もの衝での観測があって、軌道が確定したも
のは約6,000個である。その他のものは見失われたり、まだ軌道が確定しないもので
ある。1898年10月に異常な軌道を持つ小惑星エロスが発見された。この小惑星は火
星より内側にまで入り込むものであった。その後、地球近傍までくるアポロ型小惑
星、地球より内側に入り込むアモール型小惑星が発見され、それらの数は現在では
250個にも達している。
地球上の人類に影響を与えるような小惑星の落下がどれ位の頻度で起こるかは大
きな関心が持たれることである。表1はT.GEHRELが隕石孔の数のサイズと年代の
関係、また、小惑星のサイズ分布などを考慮して求めたものである。直径10kmのも
のは約1億年毎に衝突して、解放されるエネルギーは、広島型原子爆弾で10億発に相
当する大きなものである。通信総合研究所の吉川真と国立天文台の中村士は、これ
までに軌道の確定している4,506個の小惑星と太陽、9つの星を考慮して、それらの運
動を130年間にわたって数値計算した。そして、小惑星が地球に接近する回数を求
め、その結果が図3に示されている。当然のことながら地球から遠く離れた所を通り
過ぎるケースが多いが、計算から求めた接近距離に対する頻度分布を延長して地球
半径にまで持ってくると、1年に10-6回つまり106 年に一回衝突することになる。
これはT.GEHRELの値の1kmサイズのものに相当する。まだ見つかっていない地球規
模のカタストロフィーを起こす1km以上のアポロ型・アモール型小惑星は数千個あ
ると考えられているので、地球への衝突頻度は105年に1回よりもっと大きいであろ
う。
小惑星が衝突するとどのような影響があるかはまだ十分には評価されていな
い。衝突によって解放されるエネルギーはmv2/2でほぼ表1のようになる。一定以
上のエネルギーであればそれだけで人類は絶滅してしまう。例えば、月が衝突する
ことを考えればよい。10km程度のものでは、衝突によって地殻が飛び散り砂粒や海
水を舞い上げ、核の冬のような状況を作り出す。小さな小惑星でも、巨大な津波を
引き起こし、人類の住む平野地域は全滅する可能性がある。
人類が絶滅するような大事件は、直径1km程度より大きい小惑星の衝突が必要か
もしれない。しかし、何百万人、何千万人規模の人々を殺りくするのは、もっと小
さな小惑星の衝突でよくその衝突頻度ははるかに高くなる。数千年に1回の割合でお
こる可能性が強い。これらの点については、まだまだ研究が必要であるが、ここで
はこれ以上書かないことにする。
小惑星は地球上からの観測によって見つけられている。近年は比較的大きな口径
の望遠鏡が使われるので、検出される数は非常に多い。しかし、大部分のものは小
惑星帯のものである。
地球衝突小惑星は暗いものが多い。大部分のものが1km以下である。そのため、
地球に近づいて見かけの等級が明るくならなければ、検出できない場合が殆どであ
る。ところが、地球に近づく小惑星は地球から見た動きが早く、星々の間を動いて
いく。つまり、望遠鏡を日周運動に同期させて動かすと小惑星の像は伸びたものに
なる。この方法では各視野面の移動に時間がかかり、観測能率は悪い。
アリゾナ大学のT.GEHRELは望遠鏡を日周運動で動かすのではなく、望遠鏡を固
定しCCDの受光器内で、各瞬間瞬間の画像を次々とずらせながら重ねて観測する方
法を開発した。この能率よい観測により、20等級より暗い小惑星が次々と検出さ
れ、直径5mのものが実際に1991年に捕らえられている。そして、ここ数年の間に
100個以上が新しく加えられ、アポロ型・アモール型の総計は250個を越えている
(図4)。
アポロ型・アモール型の小惑星は地球に衝突する可能性がある。しかし、そのよ
うな小惑星を発見しても、すぐに地球に衝突する訳ではない。何回も公転をした後
に地球に衝突する。その場合、早い段階ではほんの少しのエネルギーを加えて1cm/s
程度の速度の変化を与えると、ずっと先の時点では地球1個分以上位置を変えること
ができ、衝突の心配はない。この場合大切なことは、なるべく早い段階で、軌道を
変える必要がある。
時には地球の間際で小惑星を検出することがある。1989FCはそのようなもので、
発見の2日後には、地球と月の半分位の距離の所を通り過ぎていった。このような場
合には、軌道を変える暇はなく、核爆弾によって破壊することなどがアメリカの軍
で検討され始めている。
このような地球衝突小惑星の検出を有効に行うには、組織だった国際協力観測が
不可欠である。国際天文学連合は1991年に地球近傍天体WGを設立し、危険な小惑星
の探査を国際的な協力で進める方向を検討し始めた。
日本では残念ながらこのような方法での観測はあまりなされていない。アマチュ
ア天文家による小惑星発表が次々とはなされているが、発見のための発見であるの
で最もみつけやすい黄道帯の捜索がなされていて、地球近傍小惑星の発見の可能性
は小さく、主に小惑星帯のものである。アマチュア天文家の努力は大とするところ
であるが、もう少し天文学上の重要性も考慮した観測をしてもらえばもっとよいの
にと思う。
地球近傍小惑星の天球上での動きは速い。そのためどこかの天文台での発見が
あった場合、速やかに補充観測が必要となる。日本はアメリカ、ヨーロッパとそれ
ぞれ約8時間の時差があるので、この地域での補充観測は特に大切である。
日本では研究者用の望遠鏡は小惑星検出観測に使われてはいない。しかし、幸い
にも口径50cm以上の望遠鏡が50台以上ある(図5)。それぞれの望遠鏡の設置場所が
暗い夜空であり、CCD受光器が備え付けられていれば2秒程度のシーイング条件で5
分露出をすると、限界等級が20等級となる。この限界等級の値は、他の天文台で検
出した小惑星の補充観測を行うのには十分な値である。
一方、残念ながら大多数の公共天文台では天文学に関する知識をある程度以上
持ったスタッフがいるのが稀である。そのため、それぞれの天文台でよいCCDシス
テムを備えたとしても、得られた画像に写った多数の星々の中から地球近傍小惑星
を同定することは非常に難しい。そこで、このようなスタッフでも検出を遂行でき
るような単純なシステムの開発が重要になる。
現在、私達はSTー6 CCDカメラを使ったシステムでの地球近傍小惑星の検出のた
めにテスト観測を行っている。CCD受光素子は低温の冬期には-50℃まで冷却され、
熱雑音はかなり小さくなっている。このシステムには三つの画像が赤、緑、青の三
色に合成出きるカラー機構がついている。小惑星を捜索する星の画像を5分露出で30
分間隔で3枚得る。それぞれの画像は可視光全体で得られるが、表示の時に順に三色
に色づけされる。星の像の重ね合わせを行っておくと移動天体は赤、緑、青の三つ
の像が並んでいるので、初めての人でも容易に同定できる。私達は、この方法で、
軌道既知の小惑星の観測を行い、うまく検出できることを確かめている。そして、
西はりま天文台60cm望遠鏡、北軽井沢駿台天文台75cm望遠鏡、日大八海山天文台
50cm望遠鏡でのその有効性を確かめてきた。ソフトの改良もほぼ完了したので希望
の天文台にシステムを移す作業を始めたい。
地球には大気がある。そのために昼間の空は明るく、そちらの方向からくる小
惑星を検出することはできない。しかし、軌道運動の観点から、太陽側から地球に
近づくものは半分あり、日没後間もない頃に見えるものを除いても20〜30%が検出
されずに地球に近づいてしまう(図6、図7)。
月には大気はない。そのため、太陽が輝くその方向を除けば背景の空は真っ暗で
ある。つまり、太陽側から近づく小惑星を検出する可能性がでてくる。
たった20〜30%のために、月面からの探査が必要であるのか。この答は自明であ
る。たった一つでも、地球に衝突すれば人類にとって大災害が起こる。これを避け
なければならない。より低価格な地上望遠鏡によって観測可能な範囲をカバーして
おくべきであるのは言うまでもない。
月面観測にとって有効なことは、その他にもいくつかある。その最大のものは、
月の自転が地球の自転の約1/30の速度であることである。このため小惑星を長く追
尾でき、暗いものまで検出できる。重力が小さいので、口径の大きな望遠鏡を作り
易いことも長所である。
望遠鏡を月面ではなく、人工衛星に載せて観測しても良いように思える。しか
し、人工衛星は常に高速で軌道運動しているので、精度良く、つまり暗い天体まで
検出することはできない。望遠鏡の口径も限られてしまう。月面での観測がスター
トするまでのステッフ゜として人工衛星からの観測も考えられるが、最終的には月
面からの観測が不可欠である。
なお、これは第27回天体力学研究会で発表されたものですが、了解を得てここ
に掲載させていただきました。
地球より内側に入り込むものは、地球との衝突の可能性がある。そして、実際に
衝突した跡が隕石孔として残っている(図2)。砂粒や岩程度の小さなものの衝突は
頻繁に起こっている。流星や火球として見られ、時には燃えつきないで地上まで落
下してきて隕石となる。1992年11月に人家を直撃した美保関隕石のように被害を与
えるものもあるが、大部分は人類には何の影響も与えない。