「太陽系の起源と進化について 宇宙化学的観点から調べることを 主題とする書物の中にこのような トピックに関する章を独立に設け ることに驚かれるかも知れない。 しかし太陽系の進化において天体 間の衝突が重要な役割を演じてき たことは明白になってきたのであ る。衝突は常に、すべての段階で 起こってきた、・・・」 Taylor は太陽系の進化に関する書物にお いて「衝突の役割」と題する章を このように始めている。( Taylor,S.R.: Solar System Evolution, Cambridge, 1993)
天体の衝突が太陽系生成のベー スになっていることは誰もが認めるところとなったわけであるが、その激しい衝突の繰り 返しも創世記のこと、その後たとえあったとしてもめったに起こるものではなく、我々が 天体の衝突による人類の滅亡を危惧したり、何らかの備えを考えようなどということにす ぐに結びつけるのは、些か誇大妄想すぎるか、何か別の裏があるのではなどと勘ぐりたく もなるわけである。筆者などもそのような常識的?感覚の所有者であった。しかし最近は 大分様子が変わってきたようである。K/T境界層での高濃度イリジュウムの発見に始ま り、クレーターをはじめとするかなり大きな天体衝突を裏付けるような一連の発見に続い ており、特に最近におけるNEO(地球近傍天体)の探索によって、次ページに吉川氏も 書いておられるように、かなり大きな天体が地球近傍を通過していることも分かってきた のである。「衝突は常に、すべての段階で起こってきた・・・」というTaylorの1行が大 変迫力を増してきたというわけである。
我々は自分で経験したことがない、あるいは少なくとも人類の歴史上確認されていない ことに関してはなかなか認めようとしないものである。地球上に生命が誕生してから今日 までに起こった幾つかの生物大絶滅において、天体衝突が大きな引金になっているという 説が完全に認知されているわけではない。絶滅とは何かという原点にまで遡っての論争に 簡単に決着がつくとは思えないし、これこそ学問なのかもしれない。しかし天体衝突とい う現象は月の探査は言うまでもなく、地上におけるクレーターの存在や地質学的調査に よっても創世記以後もある頻度で起こっていることが確認されてきた。事実、94年の夏 にはシューメーカー・レビー9の木星衝突という現象を我々は目の当たりにしたのであ る。そこで少し立場を変えて、過去に起こった天体衝突は地上生物に影響を与えたのか、 与えたとすればそれはどのようなものであったか、と考えて見たい。このように問題を設 定すればかなり広範囲の研究者を吸収できる非常に学際的な研究分野となり、現にかなり の研究も進められている。
もう一つ重要なことは規模を問わず地球と衝突を起こす天体が存在するのか、という問 題である。これも前述のように存在する可能性がかなり大きくなってきたわけで、今後組 織的なサーベイが進めば興味ある課題も生まれてくる可能性がある。これらの二つの分野 の調査、研究を地道に進めることがまず必要であろう。
生命の歴史、あるいは惑星の歴史というものを考えるとき、百万年、あるいは一千万年 といった時間スケールが単位となる。これは力学現象でいえば長周期の問題である。我々 が未来の天体衝突について考えることは人類、あるいは生物の長周期の流れを展望するこ とを意味する。そう考えると、もしかすると来年かもしれないし、あるいは百万年先かも 知れないという衝突現象を、落ちついて真摯に捉えて見ようという気分になってくる。ま たあわてて防御対策に奔走するといったものでもない。もちろん近い将来、衝突が確実で あるということがわかれば、それなりの対策を考える必要がある。しかし問題の本質は地 上の生命の38億年にわたる悠久の流れの、未来への延長線上を見極めようという、まこ とにアカデミックな研究である、という結論に達するわけである。 (K.M)