X.2.3.2 フェーズⅠの月面望遠鏡
　直径100ｍ以上の小惑星を全検出するためには口径１－1.5ｍ望遠鏡群が必要である。しかし、これまでのアポロ計画などにおいて月面にこのような望遠鏡を持ち込まれた事はない。又、地球周辺の人工衛星でもハッブル宇宙望遠鏡の口径2.4ｍが打ち上げられているが、その他は何れも口径30cm程度未満である。月面からの小惑星探査を進める上では、より着実で実現性のあるステップが必要である。そのような技術的な観点から現在からの延長で可能な望遠鏡口径は20cm程度であろう。このような確実な望遠鏡を月面探査機の２号機又は３号機に搭載して、科学的・技術的両面において将来の本格的システムのための基礎を確立し、X.2.3.1のフェーズⅡに相当する本格的なシステムを投入する前に下記に示すような中間段階の月面望遠鏡で観測するべきである。

a. 科学的側面
　月面に口径35cmの望遠鏡が設置されたとして考察を進める。口径１ｍに対して光量は約１／10になるが、地上の良い観測サイトのシーイング直径１秒角に対して回折像が１／３で、星像の受光面当たりの面積（角度）で１／10になり、21等級より暗い天体では空の背景光との関係で能率は10倍以上良くなる。しかし、このような比較では月面35cm望遠鏡の方が地上１ｍ望遠鏡に対して、絶対的に有利であるとは言えない。本質的に有利な点は、昼間側でも観測できる事である。
　X.2.2.2で記したように、地球に大接近（将来は衝突）する小惑星の40％以上が太陽周辺方向から来る事は重要である。図の大接近の計算例で示すように大接近の10日以上前から太陽から30度以内の範囲に留まっている。もし地上観測だけを行っていれば、衝突する瞬間までその存在に気づかないという事になる。このような小惑星を検出するには、月面望遠鏡からの観測は欠かせない。この場合全検出を目指す観測の場合と異なり、地球から小惑星までの距離が近いので、口径35cm望遠鏡でも、大接近（衝突）の10日以上前に直径10ｍ以上のものでも検出可能になる。
　残念ながら、１台の望遠鏡では月面上で夜側に来ると太陽周辺部の観測はできなくなる。月面経度で180度離れた２ヶ所に設置するか、月の極地方に設置する必要が出てくる。
　地球に大接近する10ｍ以上の太陽周辺30度以内から来る小惑星をほぼ全部検出する事は２つの側面で重要である。直径100ｍの小惑星の地球衝突は数千年に１回、直径１kmでは数百万年に１回程度の確率で起こると計算されている。しかし、この数字は１桁から２桁近い不確定性があると言わざるを得ない。それはこの範囲の地球近傍小惑星の検出が十分ではなく、直径10kmのものと火球などを起こす直径10cm位のもののデータから補間して求められている。近年、ミサイル防衛網で検出される10ｍ程度の小惑星の衝突確率がかなりよく決まり、さらにスペースウォッチ望遠鏡で300個近い地球接近小惑星の検出が行われたので、確率の精度はかなりよくなったが、まだ、１桁以上の誤差がある事は確かである。第一段階の月面望遠鏡はこの確率の精度をはるかに良くして、将来の本格的な全検出望遠鏡群の建設をどれ位急がなければならないかの重要な指標を与える。
　２番目には、実際に地球に衝突する軌道にある小惑星を検出する事である。この事態があれば、人類にとって非常に大きな影響を与えるのは当然である。しかし、この問題は前記のより正確な衝突確率の確定まではより慎重に取り扱わなければならない。小惑星衝突によってパニックを引き起こす事も重要な点である。それ以上に重要なのは、衝突回避の手段である。100ｍ規模のものは大陸規模の災害を引き起こす。小惑星が地球に接近した段階でミサイルなどを打ち込んで大きく軌道を変える事が難しいとすると、アメリカ中部に衝突すると判った小惑星を日本に衝突させるくらいがやっとという事になる。ここに書いた事は、裏返せば小惑星の軌道を操って他国の攻撃の兵器となり得る事になる。この問題は一人科学者だけが議論するものではなく、高次の政治的又は人類的な問題を含むとだけここでは記しておくことにしたい。
b. 技術的側面
　望遠鏡の全体システムとしては、口径１ｍのものを小型にしたと考えてよいであろう。Scanning CCD の採用は、空を連続的に掃くためにも、露出時間を長くするためにも欠かせないものである。望遠鏡の焦点距離に対応して、ＣＣＤの素子間の信号転送速度を調節しなければならないことは当然である。
　望遠鏡はX.2.3.1 b.で示したように、検出効率を上げるためにツイン望遠鏡にするべきである。口径35cmになると回折限界像のサイズが0.3秒角になるので、それに対応した光学系が必要となる。これらを考慮して表のようなシステムであれば、現在の技術の中で十分製作できると考える。
　　　　

c. 最初に送るべき月面望遠鏡
　ここで特に注意しておかなければならないことは、これまでに一度もいわゆる望遠鏡が月面上に設置されていなければならないことである。地球衝突小惑星観測のための望遠鏡ばかりでなく、天文観測用望遠鏡にとってもたとえ小さくとも一度月面上で望遠鏡を作動させておくことは将来の本格的な望遠鏡群にとっては欠かせないものである。
　望遠鏡技術面から言えば、口径20cmのものを製作し、月面で作動させるのにはあまり大きな開発要素はなく、既存の技術の精選によって可能である。一方、観測データの点においては、b.で示したツイン望遠鏡とは異なり、移動天体検出のための繰り返し観測が必要となり、月面の夜側では電力消費量の点において観測できない結果になる。また観測能率も１／３程度に落ち、口径が小さい分だけ小惑星が地球に余分に接近した段階でやっと検出できることになる。しかし、太陽の周辺部の観測という地上では行えない小惑星の検出が可能であるという大きな利点は残る。また、地球近傍小惑星のサイズ分布を一定程度求めることができ、地球への衝突確率の精度を上げられる。これらの事情を考慮して、提案し得るシステムを表に示した。
　　　　

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（最初に送るべき月面望遠鏡）

X.2.3.3 月面望遠鏡以前の望遠鏡
　直径数十ｍから100ｍ以上の地球近傍小惑星の全検出を目標とした月面望遠鏡での観測が達成されるまでには、人類の滅亡を引き起こし得る直径１km以上のものの地上観測、それに太陽方向から近づく地上観測では警告時間がほとんどないものに対する大気圏外観測も行っておかねばならない。それらのための望遠鏡に必要な仕様は月面望遠鏡とは多少異なる。ここでは、それらについて記しておく。

a. 地上望遠鏡
　地上観測のターゲットは、直径１km以上のものである。この場合21等級より明るいので、口径１ｍ以上の最適化された望遠鏡を使用すれば５分程度の露出時間で検出可能である。ＣＣＤの１素子を大気によるシーイングサイズの１秒角にすると、約0゜.5四方の視野になり、日周運動によるＣＣＤ面の天体の通過時間は約２分になる。ＣＣＤを2000×2000から拡大して4000×4000にすれば必要な露出時間と整合性がとれる。また、１素子当たり２秒角にする事も選択枝の一つである。
　Scanning ＣＣＤを scan する方向と直角に５－10個並べるモザイク型にする事により、掃天効率を良くする事ができる。そのためには収差補正をした視野角を3゜－5゜得られる光学系を採用するべきである。このようなタイプの望遠鏡はコスト・ダウンの点に配慮しなければならないが現在ではすでに準標準品として利用可能である。月面望遠鏡の場合と同じようにツイン望遠鏡にする事により検出能率を上げるべきである。

b. スペース・ステーション望遠鏡
　スペース・ステーションで口径１ｍの望遠鏡を駆動する事は、重量の点でも電力消費の点においても難しい事ではない。しかし、スペース・ステーションの軌道運動と姿勢によって、望遠鏡を任意に駆動し、ＣＣＤによる Scanning 観測を可能にするためには３軸駆動のシステムが必要となる。しかし、コストの問題は残るが技術的に本質的な開発要素はないと考えている。

c. 月周回望遠鏡等
　月面望遠鏡での観測が一定の成果をあげるまでは警告時間の短い太陽周辺方向から来る地球衝突小惑星の検出を中心にする。その場合、距離は小惑星帯よりもはるかに近い（これが逆に警告時間を短くする結果になっている）ので、口径が若干小さくなっても光量的には100ｍサイズのものを検出可能である。しかし、望遠鏡の回折像の大きさが口径に逆比例するので、口径を50cm以下にすると検出能力が著しく悪くなる。衛星は scanning ＣＣＤで観測する場合でも、３軸制御が必要である。
　月周回衛星からの観測・検出は、太陽周辺方向から来る地球衝突小惑星の場合、特に重要である。小惑星の天球上の位置がほとんど変わらないので軌道決定が難しいが地上の観測との協力により視差測定をする事により、軌道決定が可能になる。その場合、月周回衛星で検出された小惑星の位置データを使うので、21等級より暗くても地上からの観測が可能となる。
　視差観測をより有効に行うためには、太陽－地球系のラグランジュ点に望遠鏡を置いての観測も重要である。

X.2.3.4 月面望遠鏡プランと体制
　これまでの内容をまとめると表のようなプランが考えられる。早い段階に小型望遠鏡を月面に送り、太陽方向から来る小惑星の検出を行うばかりでなく、月面上に置く初めての望遠鏡としてその技術的な試験を行う。次には月の夜側における観測も可能にするツイン望遠鏡により、夜側観測システムの確立を行うとともに地球近傍小惑星のサイズ分布を求め衝突確率の精度良い評価を行う。フェーズⅡでは、直径100km以上の小惑星の全検出を目指した本格的な観測を行う。
　このようなシナリオにしたがって進める場合の体制は現在のところ不透明である。研究者個人の集まりである地球衝突研究会のメンバーは20人あまりいるが、実質的にこのプロジェクトにかなりの時間参加できるのは数人である。しかし、最初の小型望遠鏡はかなり確立した技術を利用したプロジェクトであるので、今後参加が期待される若手研究者を含めて進めることは可能であろう。この計画が進む中で協力する研究者グループが形成されていけば、次々と打ち上げが可能になるであろう。まず、大切なことは第一歩を踏み出すことであるといえる。

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