歌島昌由(宇宙開発事業団)
1.はじめに
前回は、地球に接近する100m以上の小天体(NEO; Near Earth Object)を全数検出するためのスペースガード宇宙望遠鏡(SGST; SpaceGuard Space Telescope)の軌道を幾つか提案した。今回は、SGSTからの観測を何年程度行なえばNEOの全数検出を完了できるかを知る目的で行なった数値シミュレーションを紹介する。
SGSTの軌道として、太陽-地球系のラグランジュ点の一つであるL4点を使った。これは太陽、地球と正三角形を構成する点である。これはこの問題の最初のシミュレーションであり、解析精度をある程度犠牲にして簡単な方法を使用する事にした。使用計算機はPentium (100MHz)のPCであり、処理時間がどの程度かも気にかかる点である。
2.シミュレーションの前提条件と解析法
地球軌道と交差する小天体の内、直径1km以上のものは約2000個、100m以上のものは約30万個あると言われている(文献1)。これらの小天体を全数検出するのに要する年数をシミュレーションにより求めるには、小天体の疑似データ(軌道、サイズ等)が必要である。これらの疑似データを多数作成してシミュレーションを行なうのは今後の課題とし、ここでは、既に検出されている小天体を、上記の30万個からのサンプルと考えて、これを使用してシミュレーションを行なう事にした。これらのサンプルを全数検出できる年数と30万個を検出するに要する年数との関係を厳密に知る事は困難であるが、これらのサンプルが偏ったものでなければ、両者の年数には大きな違いは無いと期待できる。
2.1シミュレーションの前提条件
[SGSTの性能]
(1)口径 :1.5m程度
(2)視野角θ :2度×2度
(3)積分時間Δt:5分
(4)100mの小天体を検出できる最大距離Rmax:2AU
[小天体データ]
既に検出されている小天体として、Lowell天文台が公開している小惑星のデータベースより、近日点距離が1.3AU以下のものを使用する。全部で407個。(このデータは、通信総合研究所の吉川 真氏から提供を受けた。)
2.2シミュレーション方法
宇宙望遠鏡と小天体の位置を1日単位で計算し、宇宙望遠鏡が1日の間に見る事のできる範囲に存在する小天体の中で宇宙望遠鏡との距離がRmax(2AU)以下のものを検出可能な小天体と判定する。より厳密には、視野角2度×2度の観測毎に検出の判定をすべきであるが、宇宙望遠鏡の場合は地上望遠鏡とは異なり、地球自転に関係なく天球をスキャンできる事と処理時間を短縮するために、この様にした。
ここでの検出判定は単に1度望遠鏡の視野に捕らえたというだけであり、軌道決定できるかどうかは考慮されていない。1時間程度の間隔の3回の観測が最低必要であり、この事を考慮したシミュレーションは今後の課題とする。
宇宙望遠鏡は正確にL4点に存在すると仮定し、小天体と宇宙望遠鏡の位置は、二体問題近似で求めた。
宇宙望遠鏡が1日の間に見る事のできる範囲は、図2.1に示す様に、黄緯方向の幅が2δmax、黄経方向の幅が2αmaxの領域である。2δmax、2αmaxは次式で計算した。
2δmax=Nscan×θ (2.1)
2αmax=1440×θ/(Δt×Nscan) (2.2)
θ :視野角
Δt :積分時間
Nscan:黄緯方向の観測数
Nscan値は事前には決め難いため、値を変えてシミュレーションを行なう。
なお、観測開始日の観測領域の中心黄経は0度(春分点方向)とし、黄経の増える方向に毎日重ならない様にずらす事とした。
3.解析結果
使用する小天体の数が少ないためシミュレーション開始年によって全数検出期間がばらつく事が考えられる。よって、Nscanだけでなく、シミュレーション開始年も変えてシミュレーションを行なった。はじめに、シミュレーション開始年が2001年1月1日0時UT、Nscan=20の場合の結果を示す。
3.1 2001年1月1日開始、Nscan=20の場合
視野角θ=2度なので、±20度の黄緯範囲をサーチする事になる。黄経方向の1日当たりの観測幅は、(2.2)式より、28.8度となり、12.5日周期で黄緯±20度の帯状の範囲を繰り返し観測する事になる。図3.1に日々の検出個数を示す。3721日(約10年)で全数(407個)の検出が完了している。計算時間は129秒であった。1200日(約3年)を過ぎると、検出間隔が大きくなるが、実際には407個の1000倍のオーダーの小天体があるので、この隙間も検出イベントで埋められるであろう。
図3.2に観測開始から100日間の様子を示す。開始から2週間程度の期間は10〜20位の数のNEOが毎日検出されている。その後は1〜3個程度と1桁少ない数になっている。実際には407個の1000倍オーダーのNEOがあるので、最初の2週間は数万個が毎日検出され、その後は数千個が毎日検出されると予想される。
3.2 シミュレーション開始年とNscanを変えた結果
シミュレーション開始年を2001年1月1日、2005年1月1日、2010年1月1日、2015年1月1日、2020年1月1日、2025年1月1日と変え、Nscanを1, 5, 10, 20, 30, 50と変えてシミュレーションを行なった。表3.1に各場合の全数検出年数を示す。黄経方向1周観測の周期も示した。
表3.1をグラフにして図3.3に示す。図3.4に、ここで用いた407個のNEOの傾斜角分布を示す。
図3.3より、Nscan=20〜30を境に全数検出年数が半減し、Nscanをそれ以上大きくしても殆ど減らない事が分かる。この事は40度を越える傾斜角のNEOが少ない事に対応している。
Nscanが小さい場合にシミュレーション開始年の違いによる変動が大きいのは、NEOが黄道面付近に来た時にのみ検出されるため、シミュレーション開始年の変化の影響を大きく受けるためである。
4.おわりに
L4点に設置するNEO専用望遠鏡を使うと、何年程度で全数検出可能かを知るために、発見済みの407個のNEOを使って簡単なシミュレーションを行なった。およそ10年で全数検出可能との結果を得た。本シミュレーションでの検出は単に見えただけであり、軌道まで決定しようとするとおよそ3倍の観測が必要になると考えられ、その場合には約30年という値となる。
今後の課題を以下に掲げる。
(1)NEOの軌道決定まで可能な観測方法を反映したシミュレーションを行なう。
(2)NEOの観測の可否判定において、NEOの反射率や太陽位相角も考慮して求められる観測 等級を用いる。
(3)多数の疑似NEO軌道要素を作成してシミュレーションに用いる。
最後に、NEOの407個の軌道要素をメールで送って頂いた吉川真氏に感謝します。
5.参考文献
(1)”Asteroid Threat Spurs New Defense Analyses”, Aviation Week &
Space Technology, March 24, 1997.