吉川 真(宇宙科学研究所)
3月12日朝、研究室で仕事を始めていると、突然、某新聞社から電話がかかってきました。アメリカで記者会見があって、小惑星が地球にかなり接近するという情報が入ったというのです。その時点では、その新聞記者も私も、何という小惑星がいつどのくらい地球に接近するのか把握していませんでした。
それで、急いで国際天文連合のニュースであるIAUサーキュラーを調べてみますと、1998年3月11日発行のサーキュラー(6837号)に、小惑星1997 XF11が西暦2028年10月26.73日(世界時)に地球中心から0.00031天文単位のところを通過するという予想が掲載されていました(図1、図2)。この距離は、地球中心から約46,000kmの距離ですから、ほぼ静止衛星の高度に匹敵する至近距離です(放送衛星や気象衛星のような静止衛星は、地球中心からは42,000kmほどの高さにあります)。さらに、この小惑星は、絶対等級が17等であることよりその直径は1kmから2kmと予想され、地球に接近する天体としては比較的大型のものです。もちろん、もし地球に衝突するようなことになったらそれこそ一大事です。
図1 2028年10月26日の天体の位置。円に近い軌道は内側から水星、金星、地球、火星の軌道であり、楕円の軌道が小惑星1997XF11である。この図では、小惑星と地球とが重なっている。 |
図2 IAUC6837のデータに基づくときの2028年の小惑星の接近。軌道は、黄道面に投影してあり、中央の●が地球本体の大きさを示す。この図では左側に太陽があるが、小惑星は太陽の方向から地球に近づいてくる。軌道上のマークは0.01日(約14分)ごとに印してある。 |
先の新聞記者からは、すぐにまた電話がかかって来ました。当然、これだけ接近するということは、地球に衝突する可能性もそれだけ高いのですが、そのようなコメントを言うと騒ぎが大きくなってしまいます。それに、この時点では軌道が正確に決定されている訳ではないので、地球衝突の可能性については、何とも言えないというのが実際のところです。それで、今後の観測が重要であることと、仮にこのような至近距離を小惑星が通過するとしたら、どのように観測されるのかが興味深いというようなことだけコメントしました。
果たして、この日の夜のニュースでは、この30年後の小惑星接近についてさっそく報道されていました。また、次の日13日の朝の新聞でも、かなり取り上げられていたようです。特に、スポーツ紙では、あたかも衝突が起こるかのような書き方さえされていました。
ところが、この13日の午前中に届いたIAUサーキュラー(6839号:アメリカ時間で1998年3月12日発行)では、接近距離が0.0064AUとなることが掲載されていました(図3)。接近距離が変わった理由は、1990年に撮影されたフィルムにこの小惑星が撮影されていることが分かったため、軌道決定をやり直して接近距離を再計算したためです。この接近距離は、約96万kmとなり、これは地球−月の距離の2倍以上も遠方ですから、地球との衝突を心配する必要は全くないことになります。この発表のおかげで、マスコミの方の騒ぎはすぐにおさまったようです。
図3 IAUC6839のデータに基づくときの2028年の小惑星の接近。図の描き方は図2と同じであるが、図のスケールが異なる。中央の円は、この図では月の軌道である。また、小惑星軌道上のマークは1日おきに印してある。 |
しかし、困ったことに、13日の夜のあるテレビ局のニュース番組では、「前日の接近の発表が、とんだ計算間違いであることが分かった」というような報道がなされていました。これは明らかな誤報です。ここでは、このことについて少しコメントしておこうと思います。
この小惑星が発見されたのは、1997年12月6日のことです。小惑星や彗星のように太陽系を移動していく天体は、最低3回の観測があるとその軌道を求めることができます。しかし、初めて求められた軌道は誤差が大きいので、継続的に観測が続けられ、だんだんと正確な軌道が分かっていきます。1997XF11が46,000kmまで接近するという予測は、88日間の観測の結果求められた軌道に基づいて計算されたものでした。
実は、それ以前、より短い観測期間から求めた軌道要素が発表されており、私もこの小惑星の地球接近については調べていました。その時の計算では、2028年での接近距離は、143万kmと比較的遠いものでした。
さて、46,000kmにも接近するというニュースが流れたため、過去に撮影された写真の中にこの小惑星が写っていないかどうかの確認作業がただちに行われました。その結果、前述したように1990年にパロマーで撮影されたフィルムにこの小惑星が撮影されていることが分かりました。そのデータを用いて、再度軌道決定を行い接近距離を計算したところ、96万kmとなったわけです。
ちなみに、それぞれの報告について軌道要素がどのくらい異なっていたかを表1に示します。このように、数値としての違いはごくわずかなのですが、30年後の地球接近となると人間のスケールでは大きな違いとなるのです。
(表1) 小惑星1997XF11の軌道要素 --------------------------------------------- 軌道要素 IAUC6837の時 IAUC6839の時 --------------------------------------------- 軌道長半径(AU) 1.4417508 1.441710 軌道離心率 0.4838096 0.483775 軌道傾斜角(度) 4.09484 4.0948 近日点引数(度) 102.46984 102.4645 昇交点経度(度) 214.12811 214.1319 平均近点角(度) 96.67323 96.6800 --------------------------------------------- 注:すべての桁が有効数字であるわけではない。IAUC6837には軌道要素の値そのものは掲載されていないので、ここに示した値はIAUC6837の発表の元になったデータとは厳密には一致していない可能性がある。IAUC6839では平均近点角の代わりに近日点通過時刻が掲載されている。 |
確かに、発表によって全く接近距離が違いますが、それはその時点で得られていた観測データから最も正確だと思われる軌道を計算した結果なのです。決して、計算違いなどはしていません。そもそも、世界中で何人もの人が計算してほぼ同じ結果を得て確認しているのです。(計算の専門家達全員が、同時に、計算違いのような初歩的なミスをするはずがありません。)
小惑星1997XF11については、これからも観測がなされてより正確な軌道が求められていくことでしょう。そうすると、予想される接近距離も変わるかもしれません。しかし、地球に衝突するような可能性はほとんどないものと思われます。それは、8年も前のデータが用いられて軌道が決められているからです。
今後、小惑星がより多く発見されていくにつれてまたこのような報道がなされるかもしれません。その場合は、求められている軌道がどのくらい正確なのかを常に気にしておく必要があります。このような天体衝突という問題にあたっては、まず観測を行って軌道を正確に決めるということが大切なのです。
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参考(1)
小惑星1997XF11と地球とのニアミスについて
表1の軌道データが正しいとして、それぞれのデータについて地球との接近を求めてみたものが表2と表3である。ここでは、接近距離が0.2天文単位以内となるニアミスを示してある。この2つの結果を比べてみると、最初の3回の接近はほぼ同じ結果となっている。3回目の接近が2028年の接近であるが、天文単位の数字で見るとごくわずかな違いなのだが、人間のスケールではこの違いが非常に大きいのである。
また、2028年のニアミスより後は、結果が全く異なってしまうことも分かる。これは、2028年における小惑星の地球接近の仕方が異なるため(図2、3を参照)、その後の軌道進化が違うものになってしまうのである。
(表2) IAUC6837のデータを用いたときの 小惑星1997XF11のニアミス ------------------------------------------- 年/月/日 接近距離(AU) 相対速度(km/s) ------------------------------------------- 2002/10/31.107 0.06496 15.995 2016/06/11.664 0.18317 9.777 2028/10/26.724 0.000266 14.773 2030/10/18.450 0.08789 11.594 2032/09/30.899 0.16958 10.430 2042/06/25.064 0.17356 10.032 2044/06/08.343 0.09953 11.755 2046/06/01.165 0.06335 14.266 2048/05/25.561 0.12257 17.041 --------------------------------------- 注:2028年のときの接近距離がIAUサーキュラーの値と異なるが、これは使用したデータが異なることによると思われる。 |
(表3) IAUC6839のデータを用いたときの 小惑星1997XF11のニアミス ------------------------------------------------ 年/月/日 接近距離(AU) 相対速度(km/s) ------------------------------------------------ 2002/10/31.022 0.06356 15.952 2016/06/10.634 0.17984 9.766 2028/10/26.263 0.00643 13.912 2035/06/11.720 0.18404 9.744 2040/11/ 5.827 0.17574 19.294 ------------------------------------------------- |
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参考(2)
軌道要素の決定精度と接近・衝突予測について
軌道要素が正確に求められている場合、2028年の接近予測にどのくらい誤差が見込まれるのかを確認してみる。ここでは、仮に表1に示したIAUC6837の軌道要素がほとんど正確に求められたもので、誤差は各軌道要素の最小桁に±1程度であるとする。このような条件のもとでいろいろな場合について計算してみると、2028年の接近について誤差は、接近時刻については±2分、接近距離については±1,500kmとなる。
この軌道要素での最接近距離は、表2の結果より約4万kmであるので、少なくても地球との衝突は起こらないということが分かる。つまり、表1のIAUC6837くらいの桁数で軌道を正確に求めることができれば、30年後に衝突が起こるか起こらないかを確定的に言うことができることになる。
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