「巨大隕石が地球に衝突する日」 磯部 秀三著 河出書房新社 1998.5.1発行
「巨大隕石の衝突」 松井孝典著 PHP新書1998.1.5発行
トルコの東端、イランとの国境近くにドウバヤズットという小さな町がある。イランへ通じる検問所が近くにある。周囲は肥沃な土地というわけにはいかないが、美しい草原と山岳地帯で、そこには昔ながらのクルド人の住居や生活が見られる。17世紀に建てられたイスラム様式のクルド人の王宮、イサク・パジャ宮殿も近くにある。ただ現在紛争地帯になっているため観光客の姿は少ない。そのようなところに一つのクレーター?があった。その案内板には次のように書かれていた。
「1920年、隕石によって作られた穴である。この隕石穴は世界で二番目のクレーターと言われている。もう一つは北アメリカのアラスカにある。穴は深さ60メートル、直径35メートルで、ドウバヤズットから35kmの地点になる。」
ただクレーターに関して素人の筆者にとって、それはかなり奇妙なものであった。深さが直径の倍近くあるというのも不思議である。大きな井戸のようにも見えるし、戦争で使ったトーチカの跡のようでもあった。もっとも後で人がいじってしまったのか、あるいは偶然ドリルのような形状をした隕石が落下速度方向に平行な軸まわりに程良いスピンでもしていたということも考えられないことはないが。覗けば底がすぐに見えるし、深さ、直径とも、とても案内板の値からはほど遠いのではないかということは確信できた。世界で二番目というのが、大きさを指しているのか、あるいは別のことなのかは不明である。しかし今にも錆びて朽ち果てそうな看板にはなかなかの風情があった。古宇田さんの挙げたクレーターのリスト(「衝突と気候変動、及び、絶滅と文明衰退」p12〜15)にはかなり直径の小さなものも含まれているが、残念ながらこのクレーターは見あたらない。はたしてこれに追加してよいものかどうか・・・。
このクレーターの学術的根拠別にして、もっと一般的に、隕石の地球への衝突という問題についての学術的背景は最近目覚ましく進歩している。つい最近までセンセーショナルな話題に過ぎなかった天体衝突が、実は現在ある我々と実に深く関わっていることが科学的に実証されつつある。今回取り上げた表記の著書は、新書版の小冊子であるが、このことをつくづく実感させてくれる。この問題に真摯に取り組んできた著者の思いがにじみ出ていて好著である。ただここで二つの比較や書評をやろうというわけではないが、大まかな違いは磯部氏は小天体の衝突現象がどのようにして起こるのか、という問題に重点を置いているのに対し、松井氏は隕石あるいは衝突現象が地球あるいは地上生命の進化にどのような意味を持ったか、という面の考察に重点を置いていることである。いずれにしても、天体衝突という現象は太陽系誕生後絶えず繰り返されてきたものであり、現在の地球も、地上の生物は言うまでもなく我々人間もその結果として存在している、ということの科学的説明は共通している。
この分野の研究はこの20年足らずの間に、そのことを明確に主張できるようになったのである。よく話題になる恐竜絶滅との関連も、隕石衝突後に起こる物理現象と、長期にわたる地球環境との相互作用に関する研究が進むにつれ、かなり明確なものになってきた。この衝突後の環境問題に関連して松井氏の、恐竜を初めとする生物の絶滅は、天体衝突をきっかけとする地球環境の長期にわたる擾乱の中で起こったが、現在技術文明の発展とともに地上で拡大している人間圏は、天体衝突に代わってその地球環境擾乱を起こしつつあるのだ、という主張は大変に説得力がある。天体の地球衝突による絶滅を恐れている人間が、実は次の生物絶滅の引き金を引きつつあるというわけである。それでは今人間はどうすべきなのか。そのことも隕石の衝突問題の研究の中から明確になってくるというのである。
はじめに紹介したトルコ東端のクレーターは、ノアの箱船が漂着したというアララット山の裾野にあり、ノアの箱船の遺跡?というのも近くで発見されている。それぞれ科学的という側面から強い支持を得るのは難しそうであるが、こういうものを文化として受け入れる許容性は持つべきかもしれない。近い将来、地球とは別の天体に漂着するノアの箱船が現実になるかも知れないからである。
(写真はドウバヤズットのクレーターの案内板とクレーター内部。 由紀聡平)