吉川 真(宇宙科学研究所)
世紀末のせいなのでしょうか。最近、天体の地球衝突に関係するような話がいろいろ出てきています。映画では、アメリカで5月に公開された彗星衝突の映画「ディープ・インパクト」が大ヒットしています(参考1)し、現実の世界でも小惑星の地球接近がニュースになったりしています(参考2)。科学の世界でも小天体を破壊するのに関係するような研究(参考3)が発表されたり・・・ 書店に行くと天体衝突についての本が多数並べられており(参考4)、まさに天体衝突がブームになっているかのような感じです。
・参考1:ホームページは http://www.deep-impact.com/
・参考2:「あすてろいど」22号参照
・参考3:NATURE, Vol.393, p.437-440, 4 June 1998
・参考4:日本スペースガード協会の本もあります。
「小惑星衝突 最悪のシナリオをいかに回避するか?」、Newton Press より
さて、この「あすてろいど」が発行される頃には、日本でも映画「ディープ・インパクト」が封切られてしばらく経ったところだと思いますが、皆さんはこの映画をすでにご覧になられたでしょうか?まだ見ていない方もいらっしゃると思いますので、ここではなるべくそのストーリーの詳細には触れないようにしますが、これは地球に衝突する彗星が発見され、それに対してどう人類が対処していくかという映画です。最終的には彗星が地球に衝突してしまうのですが、これ以上書くとこれから見る方にとって面白くなくなってしまうのでこのへんでやめておきましょう。スティーブン・スピルバーグが制作総指揮ということで、さすがに迫力のある映像になっています。機会があれば、是非、ご覧になることをお勧めします。
このようなSF的な映画をある程度科学を知っている人が見るといろいろな間違えが気になるものですが、この映画の場合にはかなり科学的には正しいものになっているようです。それもそのはずで例えば、キャロライン・シューメイカーのような専門家が何人もアドバイザーとして協力しているとのことです。ただ、それでも気になる点はいくつかあります。個人的に特に気にかかる点を2つだけあげるとすれば、地球に衝突する彗星の発見の過程が現実と異なることと、彗星の地球衝突の影響が特に津波だけに限定されていて、その他に考えられる影響を無視していることでしょう。
まあ、そのような技術的なことはさておいて、この映画「ディープ・インパクト」での見所は、実際に地球に天体が衝突すると分かったときに人々がどのように行動するかということだと思います。もし、世界があと1年で終末を迎えると知ったら、いったい我々はどのように振る舞うことになるのでしょうか? 大パニックに陥って暴動状態になるでしょうか? そのとき社会は機能するのでしょうか? それとも、人の力ではどうにもできないこととして運命だと受け止めることができるのでしょうか?
実際にどうなるかはそのような状況が現実のものとならない限り分かりませんが、そのような事態をシミュレートした結果の1つがこの「ディープ・インパクト」だと思います。特に、この映画の主題のような天体の衝突ということは現実世界でも起こっていることで、数年前に木星に彗星が衝突したという出来事はまだ記憶に新しいものです。宇宙人の来襲のようなものよりはずっと現実的なものです。この映画は、人類の力ではどうにもならないことがあることを再認識させ、そして各個人の生き方をちょっとだけでも振り返ってみるちょうどいい機会も提供しているような気がします。
ということで、深く考えなければこれだけで済ませてしまっていいのでしょうが、ちょっと気にかかることが見え隠れしていることをやはり指摘しておく必要があると思います。それは、天体の衝突に対処する手段として核爆弾を使うという発想です。「ディープ・インパクト」の映画でも衝突してくる彗星を核爆弾で壊してしまおうということが試みられていますし、上記のNatureに掲載された論文でも、直接的ではないにしろ核爆弾で小惑星を壊すという考えが根底にあります。その他、天体衝突についての研究会などでは、あからさまに核爆弾で天体衝突を回避しようという研究報告がなされているようです。
机上の議論としてこのようなことが考えられているだけなら、それほど問題はないでしょう。ところが、この天体の衝突を理由として核兵器の保持が正当化されたりましてや増産されるようなことになったりしたら、これは非常に重大な問題だと思います。
もちろん、今現在、地球に衝突してくる天体があるというのならあらゆる可能性にかけて被害を最小にする努力をすべきでしょう。そのために核を使っても構わないと思います。しかし、現時点でそのように地球に衝突してくる天体は発見されていません。単に、将来その可能性があるというだけです。それもいつのことかは全く分かりません。確かにすぐにでも天体が衝突するかも知れないということは否定できませんが、もしかすると大きな天体の衝突はこれから何十万年も起こらないのかもしれません。少なくても、人類が文明を持ち始めてから今までに人類を全滅させるほどの衝突は無かったわけですから、我々が衝突に遭遇する確率は非常に小さいことは確かです。
このように確率的に小さなことのために、核爆弾を沢山保持していくという考え方は、かなり危険ではないかと思います。核爆弾は兵器として人類に向けることができますし、仮に人類に対して意図的に使われることがないとしても、事故が起こる可能性は否定できません。当然、核の保存には何重にも安全策が張りめぐらせてあるのでしょうが、それでも核の事故が起こる確率の方が天体の地球衝突確率よりも大きいのではないかと思います。また、核兵器の保持には桁違いの費用も必要になるでしょう。
それに、そもそも、核爆弾を多数持っていることで本当に天体の衝突を回避できるのか非常に疑問です。核爆弾を多数持っていることによって天体衝突を回避しようという考えは、地球にすぐに衝突する天体が発見されたときにそれを「迎撃」することで衝突が回避できるという考え方に基づいているものだと思います。でも、本当にそうなのでしょうか? 例えば、直径が1キロメートルくらいの天体が地球に衝突する軌道上にあるとします。それを核爆弾で千個の直径百メートルほどの天体に分割できたとして、それら千個の天体が地球に降り注いだ時に、被害は本当に少なくなるのでしょうか? さらに、仮に小惑星を文字通り「粉々」に破砕できたとして、その塵が地球に降り注いだら、どうなるのでしょうか? 衝突のように「即死」にならないだけで、気候の変動によって人類文明が「じわじわ」と死に向かうようなことにはならないのでしょうか? 更に、技術的な話では、今の我々の技術で、ただちに核爆弾を小惑星まで持っていって小惑星を破壊することができるのでしょうか?
ただし、もし天体の衝突が50年くらい先にありそうだと分かったときは話が違います。というのも、その場合には小惑星を壊してしまう必要はなくて、衝突を避けるために天体の軌道を少しだけずらしてやればいいからです。その場合にも核爆弾くらいのエネルギーが必要かも知れません。でも、そうならばそのような天体が発見されてから核爆弾の準備をすればいいのです。時間的には十分間に合うと思います。つまり、あらかじめ核爆弾を持っている必要はありません。それに、この場合にはどのように小惑星まで爆弾を持っていくかについても、詳細に検討できる時間もあります。
つまり、現時点で天体の地球衝突にすぐ対処するために核爆弾を手元に置いておくようなことは、害こそあれ益はないような気がしますが、どうでしょうか? 我々がまずすべきであることは、地球に接近しうる天体をすべて把握することだと思います。そのためにかかる費用というものは、核を保持する費用に比べて桁違いに安いものです。それに、そのような小惑星を多数発見することは、天体の地球衝突についてのデータになるばかりでなく、天文学や惑星科学にとっても有益な情報となります。さらには、人類の今後の宇宙での活動に役立つことになるかもしれません。
人間の力の及ばない自然災害には、いろいろなものがあります。天体の衝突も、単にその中の1つにすぎません。我々としては、自然というものを謙虚に受け止めて、自然とうまく共存していくような道を進むのがいいのではないでしょうか?
以上は、私個人の考えを述べたものですが、いろいろ異論があるかもしれません。この天体の地球衝突という問題は、単に科学で片づけられる問題ではありません。また、架空の‘ほら話’でもありません。今後も、みんなで考えていく必要がある問題でしょう。ということで、私たちも、Let us begin !