Europa魚は氷羊の夢をみるか?

                  エウロパ生命探査研究会  秋山 演亮

                  (東京大学大学院理学系研究科地質学専攻)


1. 火星隕石中の生命痕跡発見の衝撃

1996年、アトランタオリンピックが終わるのを待って(だと思うのは私の勘ぐりすぎ?)、アメリカは世界に重大発表を行いました。南極氷床から発見された火星隕石のなかに、生命の痕跡らしいものを発見した、というのです。このニュースは瞬く間に世間を席巻しました。(でも日本においては、たまたま"ふうてんの寅さん"こと渥美清さんが他界された為、国民の関心はそちらに行ってしまいましたが。)世はまさしく世紀末。東西冷戦が終結し、ベルリンの壁が崩れ、ソビエト連邦も崩壊しました。我々の持っていた価値観はがらがらと崩れ、そこに飛び込んできたのがこのニュースでした。新世紀がすぐそこまで迫ってきているのを実感させるニュースでした。

なぜその隕石が火星隕石と断定されるのか?なぜその中に存在するみみずのはいつくばったような形状のものが生命痕跡とされたのか? これについては本稿では説明を省きますが、その後の討論の中で、この隕石中の生命痕跡がほんとうに生命の痕跡なのかどうかに関してかなり疑問視されるようになってきました。しかし、それにも関わらずこのニュースは非常に重要な転機であったと私は思います。それまで地球外生命に関する話はSF上の話に過ぎませんでした。それがこの事件を期に、地球外生命に関して真面目で活発な議論が科学者の間でなされるようになったからです。機は熟せり、科学による地球外生命探査が大きく動き始めたのです。生命は宇宙に普遍的に存在するのだろうか? それとも地球というかなり限られた場所において、特殊な事情の基に発生したのだろうか? 我々はその答えを未だ知りません。しかし可能性として言えば、生命とはごくありふれた自然現象であると考えることも出来そうだ、というのがなんとなく、ぼんやりと我々科学者が感じ始めていた事でした。火星隕石の事件はそんなぼんやりとした認識に、明確な科学者としての判断を要求してきた事件だったのです。

2.生命?

正確に言うと地球外生命の探査は以前から始まっていました。アメリカで行われた、電波を使ったSETI計画。また、火星探査機バイキングには生命探査装置が搭載されています。過日亡くなったカールセーガン博士による木星大気中の気球型生命に関する理論的考察など、様々な可能性に関する研究もなされています。

残念なことに我々は未だ生命がいかにして発生するのかを知りません。そもそも生命をいかに定義すればよいのかというのも難しい問題です。地球外生命をSFではなく科学的に考えるにあたってはまずここの定義をクリアーにする必要があります。しかしその定義に関して書き始めるとそれこそ本の10冊でも書けてしまうような内容なので、やはり本稿にはそぐいません。そこで本稿では、不十分とはわかってはいますが以下のように生命を定義し考えていきたいと思います。

1.生命は、外界に存在する自由エネルギーを体内に取り込んで炭素の酸化―還元を行い、自己維持をするシステムである。

2.生命はC,O,H,N等を基調とした有機物で構成されている。

また、付加条項として以下を考察条件とします

3.地球外生命を考えるに当たっては、該当天体環境で生存できる地球型生命を考える。

付加条項3は、我々は地球型の生命以外は知らないことに鑑み、"科学"的に生命を考えるために付け足したものです。またこの定義では増殖に関する項目が入っていませんが、無視することにします。非常に乱暴な前提条件ではありますが、これに従ってとりあえず話を進めることにしましょう。

3. 太陽系内での地球外生命

アポロが月に設置した実験装置を後日地球に持ち帰り検査したところ、月面の温度差、宇宙線の照射にも関わらずある種の細菌が生き残っていたとの報告があります。また地上においても、原子炉の中でも生きている細菌類がたという話も聞いたことがあります。これらは既に発生した生命が、後になってそのような劣悪な環境に対応できる複雑な防御機構を持ち、このような過酷な環境の中でも生き残ったと考えられます。しかし少なくとも生命誕生に際しては、宇宙線の照射、激しい温度変化などにさらされた場合、生命は発生しえないと思われます。このような過酷な環境から生命を守る鎧として、液体の水の存在が生命誕生に不可欠です。その為、地球外生命を考えるにあたっては、このような液体の水が存在しているか、あるいは存在していたかが大きなキーポイントとなります。

太陽系において液体の水が存在した/していることがほぼ確実な天体に以下のものがあげられます。

a) 地球

b) 火星

c) 氷衛星

彗星は氷を多く含んでおり、強烈な放射線から有機物を保護しますが、それらはほとんどすべて固体です。固体内では液体と比べて物質同士が反応しにくく生命誕生には適していると言えないため、ここでは除外します。

地球においては無事生命が発生し繁栄しているのでこれは良いでしょう。次に火星に関してですが、ここでは表面の地形の観測等により、過去に大量の液体の水(海)が存在したことはほぼ確実であると考えられます。過去の一時期に、生命が存在したかもしれません。しか、全球を覆うような海は20億年以上前に干上がってしまっています。一部の地域には数億年前の洪水の後も見られるので、局地的には生命が現存している可能性はあると思います。最後に氷衛星ですが、実は私はこの中のひとつ、Europaには現在も生命が全球にわたって存在していると考えています。

4. 氷衛星(Eurpoa)の海

Europaは、太陽系外惑星域に多くみられる氷衛星の一つです。太陽系の中の温度は、太陽から遠ざかるにつれて低くなっていきます。火星軌道よりも内側においては、氷は温められてガス化してしまいます。しかし木星軌道以遠においては氷は多数存在しています。たとえば、土星の輪などは大部分が氷から出来ています。外惑星の衛星は集積時から多数の水を保持しており、外側を氷で覆われた氷衛星として存在していることが多いのです。

現在の太陽系生成論によりますと、太陽系の惑星は原始太陽の周りをまわっていたガスや塵がいくつかの塊となって集まって出来たと考えられています。氷衛星もこのような過程により出来たのです。この集積時の熱で表面は溶かされ、形成初期に全球が海で覆われました。東大の山岸さんの計算によりますと、大型の氷衛星では表面からは低圧氷が、底からは高圧氷が発達してあっという間(といっても惑星形成のスケールですから数万年とか数百万年のの単位ですが)に固化してしまうそうです。反対に小型氷衛星では、表面からの低圧氷が26億年で海をすべて凍らせてしまうそうです。Europaは大きさ的には中間的な大きさであるため、現在も氷の下に液体の海を保持している可能性があります。

理論計算以外にも、実際の探査を通じてEuropaに海があるのではと言われてきました。まずその根拠としてあげられたのが、表面地形のデータです。惑星表面の年代を測定するには、"クレーター年代学"といわれるものがよく使われます。これは、宇宙からの隕石の落下によって生成されるクレーターの大きさとその密度分布から、統計的に表面地形の年代を推定するという手法です。このクレーター年代学による調査では、Europa表面年代は大変若いことがわかっています。一方、表面の地形にも特徴的なものが多数みられます。まず、Packed ice構造といわれる地形があります。これは北極海が凍るときにみられるような、内部の液体の対流によって表面の氷が動かされ、パキパキに割れた構造のことです。その他にも表面には、Flowと呼ばれる水の流れたような痕や、Plumeと呼ばれる下からなにか暖かいものが盛り上がってきたような地形がみられます。これらはすべて、そう遠くない時期(10億年前?)に表面近くで液体の水(海)の活動があったことをうかがわせます。

図 1 Europaの表面地形。 右上に見えるのがPacked Ice。黒っぽく見えるところがダークスポット。盛り上がったドーム地形もいくつか見れる。

現在、そんな傍証よりもっと強力な証拠が見つかりつつあります。昨年の12月から、NASAのガリレオ探査機は"Europa mission"と銘打って様々なEuropa観測を行っています。この観測によって、Europaは木星磁場に感応した固有の磁場を持っているのではないか? と考えられるデータが見つかりました。

 木星は巨大な磁場を持っており、その中をEuropaは楕円軌道をとって廻っています。つまり、Europaにいると木星磁場が時々刻々と変化していることになります。もしもEuropaの水が完全に固化していれば木星磁場の影響で固有磁場を発生させたりはしません。しかし、もしもEuropaが全球にわたって液体の水(海)を持っていたら? 海は導体であるため磁場変化に感応して誘導電流を発生させ、それに伴って磁場を発生させることになります。Europaの観測データとして、このような理論に合致する磁場データをガリレオが送ってきたのです。この観測はまだ第1回のものしか公表されていないため、あと数度予定されている観測でより詳しいことがわかるまでは確かなことはいえません。しかし、今年中にはこの問題にも決着が付くことでしょう。その他に、ガリレオの計測したEuropaの慣性能率というデータによって、Europa表層の氷・海の層の厚さは約150kmということがわかっています。このうちどのぐらいの割合が表面の氷で、どのぐらいが海なのかはわかっていません。現在の主流的意見では、表面氷の厚さは数km〜数十kmとされています。これらに関しても磁気データの解析から、今年度中には決着が付くことが期待されています。日本では北大の倉本さんをはじめとする方々がこの問題に関して精力的に取り組まれています。

5. Europaに期待される生命形態

 では、Europaの海はどんな環境なのでしょうか?Europa表面は140K程度の温度しか無く、太陽光強度も地球の1/25にすぎません。Europaの海は液体として存在している事から、摂氏0度以上はありそうですが太陽光は表面氷に阻まれてまったく届かないと考えられます。このような環境下においても生命は存在しえるのでしょうか?

 地球における深海調査がヒントを与えてくれました。太陽光の届かない深海底において、多数の生命コロニーが発見されたのです。太陽の光のないところで、これらはどうやって生きているのでしょうか? 先に述べた生命の定義に従い、彼らが炭素の酸化還元を行うために外界から何を取り込んでいるのかを調べてみましょう。

 図2に地球上生命の物質循環サイクルの模式図を示します。この図の左半分では、生命は酸化剤として分子状酸素を使っています。しかし分子状酸素というものは、実は植物による光合成反応でしかこのように多量には生み出されません。その為、左半分の生物は太陽の光がないと生きていけない事になります。それに対して右半分の生き物は、酸化剤にSO42- やNO3- 等を用いています。これらは火山や熱水鉱床といったものを通じて地球内部から多量に供給されています。すなわち、右半分の生命に関しては太陽の光が必要でない事になり、光の届かないEuropa深海底でも存在できる! と言いたいのですが実はそうでもありません。

図 2 地球上の生命の物質循環。

 表1は右半分に属する生命体の、体内における化学反応を記述したものです。化学反応を詳細に調べていくと、反応の過程の中でほとんどの細菌が分子状酸素を使用していることがわかります。地球上では、たとえ深海中であっても表層で作られた分子状酸素が供給されておりそれらを使うこともできるのですが、Europaにおいてはそれは期待できません。まったく分子状の酸素を使わないもの、それはメタン生成細菌(Methanogenic bacteria)と、メタン酸化細菌(Methane-oxidizing Bacteria)と呼ばれる細菌です。もちろんこの他に、地球に生命が誕生した当初、まだ光合成を行う生命が存在していない(つまり分子状酸素がまだない)頃に存在していたけれども、既に死滅していると考えられる他の種類の細菌(つまりメタン以外の物質を使うもの)も存在している可能性はあります。これらの細菌はEuropaで、過去ではなく現在も生存している可能性があるのです。

これらの細菌はすべて核のない生物、"原核生物"に属しており、、単体として大きなものは期待できません。図3に地球上で単離されたメタン生成細菌の写真を載せます。(九州農業試験場撮影)大きさは1〜5μm程度です。Europaでもし生命が発見されるとしても極めて小さいものでしょう。ただしバイオフィルムなど生命の集合体として、観測・検出しやすい大きなものは存在しているかもしれません。

図 3 地上でのメタン生成細菌の形状。この他にも球状の物なども見つかっている。

もしもこれらの生命がEuropaに存在したとした場合、どの程度の数密度で存在しているのかというのも重要な問題ですが、これに関して推定を行うのはかなり困難です。もちろん地球上においてこれらの生命がどの程度の数密度存在しているかはわかりますが、他の生命との生存競争の影響もます。 Europaとは異なる地球固有の環境条件があまりにも多いので、これはそのままEuropaには当てはまりません。むしろ、地球の深海底熱水鉱床付近における細菌全部の数密度が対応した数値になっているのかもしれません。ガラパゴスリフトの熱水鉱床では、だいたい104-105個/cm3の細菌が見つかっています。Europaにおいて局地的にはもこの程度の数密度の生命が存在しているかもしれません。

6. Europaへの生命探査計画

 以上のような形態を持つと考えられるEuropaに存在するかもしれない生命を発見するにはどのような方法が考えられるでしょうか? アメリカでは既に2つのミッションが検討されています。一つ目Europa Orbitalといいます。このミッションでは生命探査こそ予定されていませんが、エウロパの周回軌道に探査機を送り込み、その海の状態を詳細に調べることを目的としています。詳細に関してはここ(http://www.jpl.nasa.gov/ice_fire//europao.htm)で調べることが出来ます。二つ目は、生命探査を主目的にしたIce Pickというミッションです。(詳細はここhttp://occult.mit.edu/europa/)Ice Pickは氷の下に潜水探査機を送り込み、熱水鉱床近辺まで探査機を近づけて直接生命を発見することを狙っています。Europaの氷の厚さは数km〜数十kmと見積もられており、この氷を溶かして探査機を海底まで送り込むのはかなり多量のエネルギーを要するでしょう。もちろん将来的にはこのようなミッションは是非行わないといけませんが、とりあえず、より簡単な方法で生命が存在していることを発見してからでも遅くないかもしれません。それではより簡単な方法とは、一体どのような方法が考えられるのでしょうか? 実は、エウロパ表面の地形写真に、その答えが隠されています。

エウロパ表面の広範囲にわたって、茶色の帯状の地形が見られます。近年の観測から、ここでは"塩"、すなわち海からの噴出物と思われるものが見つかっています。これらは地下の海水からの物質が表面まで運ばれていることの直接の証拠といえます。またその他にも、中緯度地域にドームやダークスポットと呼ばれる地形が、ほぼ同じ大きさ(直径20km程度)、ほぼ同じ密度分布で存在しています。Pappalardo達は、これらはエウロパの氷の層が対流しているために出来たに違いない、と結論付けました。地下の海によって氷の表層が暖められて、いくつもの対流が存在しているため、その対流同士の間にドームやダークスポットが出来ると考えたのです。とすると、このような噴出で、あるいは対流に乗って地下の海表面の物質が氷の表層まで運ばれてきている可能性が有ります。もしもそうであるならば、我々は何も海底までおりなくても表層の氷を調べることによってEuropaの生命を発見することが出来るかもしれません。この仮定に基づいて、我々はミッション検討を行っています。(すでに7月に名古屋で開かれたCOSPARで発表をしており、投稿論文はこちらで見ることが出来ます。(http://microft.geoph.s.u-tokyo.ac.jp/~europa/doc/cospar2.pdf)図4に概略図を載せます。

図 4 ミッション概念図

我々の考えている探査機は、氷の下の海までは潜りません。表面に降り立った探査機は周りの氷を溶かしてフィルターで濾過します。この時宇宙空間からの飛翔物の混入を防ぐために、少なくとも数センチ以上掘った所の氷が必要と考えられます。このようにして濾過された残滓物をまず顕微鏡カメラで観測します。この段階で生命と考えられる形状を持った物質が発見できるかもしれません。しかしそれだけでは生命と断定するには早すぎます。次に、この残滓物の偏光を調べる作業を行います。じつはアミノ酸を利用している生命体は、"光学活性"、すなわち、"旋光性"という特性を示すことがわかっています。"旋光性"を示す物としては生命体、あるいはソーラーネブラと呼ばれる宇宙空間からの物質が知られていますが、今回は宇宙空間からの物質の混入の影響は除去されているので、もしも残滓物が旋光性を示し、かつ旋光性が自然に失われるのに要する時間に比べて充分に早く氷の対流が怒っているならば、せばそれは生命由来である可能性が非常に高いと考えられます。

このアイデアの実現にはまだまだ多くのハードルが存在しています。たとえば、Europaに探査機を送り込むのは至難の業です。何故なら、Europaは地球から非常に遠いところにあるからです。大きなロケットで打ち上げ、スイングバイと呼ばれる加速技術を使い、木星の大気を利用した減速(エアロブレーキ)技術を使うことになるでしょう。しかし木星の周りには強い放射線体があるため、探査機を放射線による影響から守るためにはあまり木星に近づくわけにはいきません。この辺が軌道計算屋さんの腕の見せ所になります。次にEuropa表面への探査機の着陸法が問題です。衛星表面に探査機器が壊れないように降ろさなければならないのでかなり困難な作業です。減速用のエンジンなどを考えると重量もばかにはなりません。これには、Luna-Aで使われることになっているペネトレータと呼ばれる日本独自のシステムが有効かもしれません。無事に着陸してからも電源をどうするかという問題もあります。Europa表面での太陽光強度は地球の1/25で、太陽発電パネルによる発電はあまり期待できません。原子力電池を用いる方法もありますが、Europaの環境を汚染してしまう可能性もありますし、日本では色々な意味で困難な状況にあります。温度差を利用した熱伝対発電、あるいは強力な木星磁場を利用した誘導電流による発電など、色々なアイディアを出して十分に検討することが必要です。探査段階においては、地表何センチまで掘ればソーラーネブラなどの混入のないピュアな氷が取れるのかも検討が必要です。このように、まだまだ多くの未解決の問題をこの計画は抱えています。

7.まとめ

以上、特に生命探査に絞ってEuropaの探査計画を御紹介しました。問題は山積みですが、しかしこの他にもEuropaの探査には面白いテーマがたくさんあります。太陽系はどのようにして出来たのか?氷衛星の形成のシナリオは? 氷衛星はどのようにして進化したのか? 等々、これらに関して知見が得られるなら、十二分に"お釣りの来る"計画と言えるでしょう。先にも御紹介したように、アメリカにおいてはEuropaの生命探査計画が大きく動き出そうとしています。我々は海外の研究者とも意見を闘わせながら、世界的プロジェクトとしてEuropa生命探査計画を推進していければいいなぁと考えています。だって、地球外生命探査ですよ。もしもその存在が明らかになれば、これは我々の価値観を根底から揺るがす発見となることでしょう。Europa魚は氷羊の夢をみるか? 我々の興味は尽きません。

<参考文献>

「古細菌」 古賀洋介、UPバイオロジー73 東京大学出版会

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