NEO・スペースデブリ観測装置の発注

                  磯部 秀三(JSGA会長/国立天文台)


  美星町に建設されるNEO・スペースデブリ観測天文台のイメージ

 日本スペースガード協会の強い働きかけにより、科学技術庁が予算化して、日本宇宙フォーラムが実施機関となったNEO・スペースデブリ観測装置の発注がなされることになった。この計画は、低高度スペースデブリの観測のためのレーダー観測装置と静止軌道周辺のスペースデブリ及びNEO観測のための光学観測装置からなる総額20億円のものである。日本スペースガード協会は残念ながらまだ私的な集まりであるために直接国からの資金を受けることができないので、日本宇宙フォーラムに実施機関になることを引き受けていただいた。私達日本スペースガード協会のメンバーは観測装置の基本的な考え方を提示してきており、完成後にはより良い成果のために積極的に貢献する必要がある。また今後の活動のためにも当協会の法人化を早い時期に実現することが必要である。
 光学観測装置は1998年から2000年度までの3年次計画で総額の約36パーセントの予算で、1998年度分として約3億5,000万円が準備されている。それに含まれるものは望遠鏡、モザイクCCDカメラ、ドーム、建物、それにソフト等の開発費である。
 10月からは発注業者の選定作業が始まって、12月にようやく受注業者が決定した。本来なら全体計画を一つの業者に受注してもらい、そこが各システムをまとめる役目をする。しかし、本計画の装置は世界最先端の技術を要するものなので、一括発注するには十分な予算がない。そこで日本宇宙フォーラム内にプロジェクト・チーム及びプロジェクト・マネージャーを選定し、そこが各装置のそれぞれの業者のインターフェースの作業をするという方式をとることにした。そして、全体の仕様書を各方面の意見を聞きながら磯部が書いて、日本宇宙フォーラム内に設立された委員会で承認された。

1.観測タワーと建物
 観測タワーと建物の建設には、敷地内の地盤調査が必要であるので、先行的に調査し、設計図の作成が始められた。望遠鏡が載るピアーは建物とは独立して、しかも安定した岩盤にまで達する必要がある。ボーリング調査の結果、地下約10メートルの所に岩盤があることがわかり、地中にそこまで達する杭が打たれる事になった。また大気の乱れによる星像の拡大を最小にするために地表面から観測床までの高さ約10メートル確保した。さらに昼間、タワーにたまった熱を速やかに放熱するために、柱だけの構造にした。(株)丸川設計により図1のような概念図が描かれている。2本のタワーの下に観測棟が配され、その屋根はコンクリート面をむき出しにしないよう、表面に芝生が張られている。観測室は2台の望遠鏡と2台のモザイクCCDカメラ、それにドームを制御するコンピュータが並ぶので、かなり広く約40平方メートルある。観測が始まると多量のデータが得られるので、データ保存室も準備されている。
 建物の建築確認は11月中に岡山県によってなされ、12月14日に入札のための業者説明会があり、24日に入札が行われた。そして、(株)中村建設が落札して、1月に詳細設計がなされ2月に着工で、1999年末完成予定である。

2.望遠鏡、モザイクCCDカメラ、ドーム
 望遠鏡、モザイクCCDカメラ、ドームは建物とともに一体となって世界最高レベルの性能を出すように整合性のとれたものでなければならない。そのため、国内、国外のいろいろな業者の技術力の調査は欠かせない。そこで、私は1997年夏からヨーロッパ、アメリカの研究者を訪れ、彼等の経験を聞かせてもらい、またメーカーにも直接訪問して、見学・調査をさせてもらった。その結果、望遠鏡、カメラ、ドームに対してそれぞれ5社、5社、4社を日本宇宙フォーラムに推薦した。日本宇宙フォーラムは10月中旬に各業者にこの計画への参加の意志を聞き、参加すると答えた業者に仕様書を送り、それに答える形で提案書の提出とその説明会が12月7日、8日、9日、10日の4日間行われた。望遠鏡に3社、モザイクCCDカメラに3社、ドームに4社で、各社約2時間で提案・質疑応答が行われた。

2.a.ドーム
 本装置は最良の観測条件で観測を行えるようにすることを目指している。予算項目の制限上、世界最高レベルの観測条件のハワイ・マウナケアなどより劣るが、現在の日本国内ではベストの観測条件である美星町に建設される。星像の安定、晴天日数から考えると岡山県の瀬戸内海に面した地がベストであるが、図2に見られるように水島・福山両工業地帯のために夜空がとても明るくなっている。そのため山一つ北側の地を選んだ。
 美星町立美星天文台でのデータによると、平均の星像サイズは1秒台である。望遠鏡より上方の高い所にある空気の揺らぎによる星像の悪化は避けられないが、望遠鏡周辺による悪影響を最小にする必要がある。そこで高いタワーが必要となる。それに加えてドーム内の昼間の温度を観測する夜間の温度にする必要がある。昼間暖められていて、夜に外気との温度差があると、陽炎が立って星像が拡大する。計算によると5度の温度差で1秒角の星像拡大になる。
 ドーム内は夜間の温度を予想して、冷房(冬季には冷凍)される。そのため、ドームは気密性を持たせなければならない。回転したり動く部分の多いドームで、この条件は厳しいが、ゴムのパッキングなどを使った工夫がなされる。また、昼間暖まりにくくするためにドームの断熱材の外側に空気層を作り、温まった空気がドーム頂上から抜けるようにも工夫された。ドームの制御は当然コンピュータによって行われる。
 ドーム内には高性能のCCDカメラがあるので、観測中のドーム回転による信号雑音をカメラに与えない工夫もなされた。

2.b.モザイクCCDカメラ
 本装置では大型のCCDカメラが必要である。プリンストン大学リンカーン研究所では最近4k×4kのCCDチップを完成させ、これをアメリカ空軍の1メートル望遠鏡に搭載したLINEAR望遠鏡によって1998年3月から膨大な数の小惑星検出を始めた。しかし、このCCDチップはまだなかなか手に入らない状況である。
 市販のもので背面照射の高感度のものはSiTe社の2k×4kとEEV社の2k×4.6kのものがある。本計画ではこれらの何れかを使うことにして、カメラ・メーカーにその製作の可能性を問うてみた。本装置では広い視野を得るために焦点面における視野サイズが直径162ミリもある。2k×4kのチップは30ミリ×60ミリであるから有効に焦点面をカバーするためには何枚ものチップを使ったモザイクにしなければならない。図3のような配置によって視野の約80パーセントがカバーできる。
 望遠鏡の焦点面前後の星像のぼやけが激しいので焦点面前後25ミクロン以下に全てのCCDチップの表面が平らに並べられていなければならない。この条件は厳しく、いくつかのカメラ・メーカーはこの要求に答えられないので辞退している。
 CCDチップは液体窒素でマイナス95度前後に冷却される。一晩中観測が中断されないようにするために、液体窒素タンクが13時間以上再補給しなくてもよい量になっている。CCDチップからの全データの読み出しは10秒以下で行う。露出時間の長い観測では、読み出し雑音を低下させるために、読み出し時間を1〜3分とするモードも作る。シャッターはモザイクCCDの対角線に対しても光が入るように220ミリもの大きなものとする。
 小型のCCDカメラは2個のCCDチップをモザイクにしたもので、大型のものと同じ作りになっている。

2.c.望遠鏡
 望遠鏡の口径は1メートルとされた。口径が大きければ大きい程、天体の光をより多く集められるが、以下に示すように光学系の設計がどんどん難しくなってくる。
 観測地の平均星像を2秒角、CCDのピクセルサイズ15ミクロンが1秒角に対応するようにすると、星像の光が4ピクセルに落ち、位置決定精度が0.2秒角程度になる。0.5秒角に対応させると位置決定精度は上がるが、光量が16ピクセルに分配されるので、暗い天体の観測が難しくなる。この条件から望遠鏡の焦点距離は3メートルという事になる。これにより22等級近い暗い天体までを5分以下の露出で検出できる。この等級は人類文明壊滅をもたらしうる直径1キロメートルの小惑星の検出に必要な条件を満たしている。
 視野を広くする方がよいが、シュミット望遠鏡では焦点面が曲がっていて、CCDをその曲面に合わせて並べなければならず、この労力は大変なものである。そこで、カセグレン焦点で補正レンズによって視野3度を確保する事にした。これは実長で162ミリになる。現在の光学系のデザインは図4のようになっている。カメラの窓やシャッターの厚みを考慮して、補正レンズと焦点位置をもう少し離す必要がある。何れにしても焦点面前後40ミクロンの範囲で星の光の80パーセント以上のエネルギーが15ミクロン以下の範囲に達するようになっている。
 1メートル望遠鏡と50センチ望遠鏡(図5)の2台があり、前者は主に未知のNEOとスペースデブリの検出用、後者は主に追跡用に使われる。そのため、50センチ望遠鏡は毎秒5度という高速駆動ができるようになっている。そしてそのためにドーム内に入れられなくて、スライディング・ルーフ内に納められる。
 望遠鏡は制御室からの指令で動かされるが、東京等からのリモート操作の機能も有している。また、CCDカメラからのデータを取り込んで移動天体、変光天体を検出するソフトも準備されている。

2.d.発注
 12月15日に日本宇宙フォーラム内で評価委員会が持たれた。当協会から磯部が出席して各メーカー先の説明内容の評価を行った。そして、その内容が了承され、候補として残ったメーカーに追加資料と見積金額の提出を求めた。それらを集めた後の12月22日に最終判定会議を日本宇宙フォーラムの理事の出席の下になされ、受注業者が決定した。
 ドームは西村製作所、カメラはアメリカ・オレゴン州のPixel Vision社、望遠鏡はアメリカ・アイオア州のTorus社に決定した。12月24日の決定した建物の中村建設と計4社に発注された。各社には全システムの一体化のために他メーカーとの協力を条件とすることをお願いした。

3.これから
 受注メーカーが決まってもメーカー間の調整は残っている。特に望遠鏡とカメラのインターフェイスはかなり複雑になっている。そのため、プロジェクト・マネージャーが中心となって4社間の調整を進めなければならない。場合によっては年3〜4回の合同会議が必要となる。
 まず、キックオフとして磯部、吉川、中野が1月17日からJPL(NEAT望遠鏡)、アリゾナ大学(スペース・ウォッチ望遠鏡)、ローウェル(LONEOS望遠鏡)を順に訪れ、彼等のソフト・システムの勉強をして、21日22日にTorus社とPixel Vision社との合同会議を開く。いよいよ建設開始である。
 0.5メートル望遠鏡は1999年末、1.0メートル望遠鏡は2000年末にテスト観測を開始し、それぞれ2〜3カ月後に本格観測を始める。日本でもスペースガード観測は間近である。この望遠鏡は日本宇宙フォーラムに所属している。しかし、実際の観測は日本スペースガード協会のメンバーが中心となって進めることになる。会員の皆様の強力な後押しをお願いしたい。


図1 美星町に建設されるNEO・スペースデブリ観測天文台のイメージ。

図2 DMSP衛星で観測された中国・四国地方の夜の光分布。矢印の所が美星町の天文台の場所。

図3 1メートル望遠鏡用のモザイクCCDの配置。

図4 1メートル望遠鏡の光学系の光路図の案。

図5 0.5メートル望遠鏡の完成モデル。


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