会員からの質問と解答

[質 問]

最近会員になったばかりの、宮崎の吉村です。
会報とプレゼント本、受け取りました。ありがとうございました。
さっそくですが、日本スペースガード協会が関係する3冊の本の記述内容に異なる部分があり、少し気になりましたのでご質問致します。3冊の本とは次のものです。
JSGA訳「彗星大衝突」・・・・・・・・・・(1)とします
磯部会長著「巨大隕石が地球に衝突する日」・・(2)とします
JSGA著「小惑星衝突」・・・・・・・・・・(3)とします
異なる部分とは、6500万年前に恐竜を滅ぼした天体は衝突前に数個に分裂していたとしてチクシュルーブ以外のクレーターがあげられているのですが、そのクレーター名が一致していないことです。

具体的には、本(1)では、アメリカの「マンソン・クレーター」とロシアの「ポパガイ・クレーター」がそれだとされています。(61ページ) ところが、同じ本の189ページには「マンソン・クレーター」、ロシアの「カメンスク・クレーター」と「カラ・クレーター」となっています。本(2)では、「マンソン・クレーター」と「カラ&ウストカラ・クレーター」がそれだとされています。(43ページ)
本(3)では、候補としてロシアの「カメンスク・クレーター(6,500万年前)」と「グセフ・クレーター(6,500万年前)」があげられており、可能性は低いが、カナダの「イーグルビュート・クレーター(6,500万年前より若い)」、アメリカの「アップヒーバルドーム・クレーター(6,500万年前より若い)」もあげられる,となっています。(26ページ、28ページ) また、この本では、先のマンソン・クレーターは7,400万年前、カラ&ウストカラ・クレーターは7,300万年前、ポピガイ(ポパガイ)・クレーターは3,500万年前(29〜30ページ)となっています。
※これらは、36〜37ページに掲載の表とも一致しています。

最近、クレーターの推定年代に変更があったのでしょうか?それとも、引用した文献(又は研究者)による違いでょうか?                         宮崎市  吉村 宜博(Yoshimura Yoshihiro)

[解 答]

地質調査所の古宇田です。

年代測定に関する御質問については、以下のように返信申し上げます。また先日、田町の路上で磯部会長とお会いし、「Cixulubの衝突年代については、ありゃ、確かかね?」と聞かれましたので、それと合わせてお答えします。

はじめにCixulubの衝突年代についてお応えしておきます。

An.1: Cixulubの年代65Ma(百万年)は、確かです。
 基本的にはCixulub陥没地域の地下の白亜紀層を覆う第3紀層についての年代論(Lopez Ramos, 1975)が先にあり、それを修正して精密化する形の論文が80年代に公表されました。地質学的な時代論は疑問の余地なく、ほぼ決定しています。
 90年代になると、精密なAr-Ar年代測定法が試されています。例えば、メキシコ高原の白亜紀末平均値の年代値が64.98+-0.05Maとなり、Cixulub周辺衝突生成物質の65.01+-0.08Ma又は65.07+-0.10Maとは明確に区別できます(Swisher他、1992、Science)。又、多少精度が落ちますがやはりAr-Ar法で、Cixulub陥没地域のボーリング試料で65.2+-0.4Maという結果があります(Sharpton他、1992、Nature)。この試料は高濃度イリジュームを含むものでした。他にも、Re-Os法で65Maのアイソクロンに近いデータがあり(Koeberl他、1994、GCA)、さらに粗い精度でU-Pb法、SrーSr法、Nd-Sr法などが試され、測定値は70〜55Maの間に分散していますが、これは精度上の問題なので仕方がありません。要するに、白亜紀終末より数万年程度前、ほんの少しだけ古い時に、イリジュームを多く含むアステロイドがユカタン北部に衝突したことは動かせません。
 これを否定して、「Cixulubのクレータ底堆積物にもう少し古い時代の有孔虫化石が発見されているから、もっと古くManson craterと同じだ」と、異義を申し立てているグループもあります。一般論として、いろいろな証拠を集めることは大切で、「65Ma」を覆せるなら、それも大発見でしょう。ただし、この異義申し立ての場合は、衝突したら、より古い時代の地層も巻き上げられて新しい地層に混入するという、ごく初歩的なことすら考えもしない人たちだったので、全然相手にされていません。
大体、Cixulubが「74Ma」では地質学的な精密な時代論とは矛盾しています。もし時代論が間違っているなら、それも大発見ですが、全世界の地層区分を全て変更する必要があり、そのような兆候は全くみられません。
次に、宮崎の吉村さんの御質問「マンソン他の年代はどれが正しいか?」について。

An.2: (3)JSGA著「小惑星衝突」が精密なデータに基づくので、当面は(3)を採用して下さい、とだけお答えしましょう。
 最近になって変更があったわけではありません。まして、引用した文献による違いでもありません。80年代以前の設定か、90年代以後の精密データかの差異によるものです。90年代のデータというのは、単に新しい年代測定が出たというレベルではなく、80年代後半に精密な年代測定方法がいくつも発見されたので、徹底的に調べ直した結果、より、正確度が高くなった成果です。そこで、90年代半ばまでのGrieveらのまとめを基にしたのが(3)の本です。
 例えば、Manson craterの年代測定は、1992年までは確からしいものがなかったので、1953年に推定された地質年代から漠然と白亜紀末と考えられていました。1993年のLPSC月惑星会議の要旨集でもManson craterを65Maとする論文が山ほど出ていました。(1)と(2)の本の記述の中には、80年代の話しを訂正していないようにも読めるため、或いは、読者に混乱を与えているのかもしれません(すみません)。歴史的事実経過としては間違いとは言えないでしょう。若干の注記が必要だったかもしれませんが。
 1980年代半ばに、Manson craterがアルバレス仮説の証拠の一つとされ、その反響が大きく、正しい年代を検証する必要が生じました。そこで、1991年〜92年にかけて、アイオワ州天然資源省、州立地質調査所、米国地質調査所が共同して出資し、Manson craterに12本のボーリングを打って地質構造を調べました(1本あたり数千万円かかっている)。その折に、徹底した精密年代測定を実施、ピタリと言うくらいに正確に「74Ma」と測定され、それが現在の定説になっています。詳しくは、次の文献に載っています。
 THE MANSON IMPACT STRUCTURE: ANATOMY OF AN IMPACT CRATER edited by C.
Koeberl and R.R. Anderson, 1996, 484 p. , GEOLOGICAL SOCIETY OF AMERICA
SPECIAL PAPER 302 (GSA-SP302), ISBN 0-8137-2302-7, $99.50 (高価だったので
、USGSの図書室で見ただけで、手持ちはありません)
 非常に明快な結論です。税金とは、このように使われるものなのでしょう。

 一般には、80年代末で年代測定方法がすっかり一新したため、年代値の見直しが、今や色々なところで行われています。従って、測定値が少ないクレータや、地質調査が不十分な地域では、今後も年代に変更(というより是正)があるでしょう。調査資金が調達できれば、ですが。しかし、CixulubやManson等の、大型で影響も大きいものについては、ほぼ定説で固まっていると考えて差し支えありません。むしろ、Manson craterがKara/UstoKara craterと近い年代であることの方が興味深いのではないでしょうか。ただし、百万年の違いは、測定精度をはるかに超えています。小惑星軌道を研究されている方、補足があればお願いします。

 以上、他にもお気付きの点は、スペースガード協会ホームページにもお問い合わせ下さい。 敬具
                      古宇田 亮一(地質調査所)


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