特集 トリノスケールについて(2)

         トリノ・スケールについて

                  磯部しゅう三(JSGA会長/国立天文台)


 6月1日から4日にイタリア・トリノでの国際会議が開催され、NEO問題の専門家が各種の議論をしたことは前号で報告した。そこでの重要な提案の一つがマサチューセッツ工科大学のR. Binzelによる衝突確率のある小惑星が発見された時の警告レベルであった。多くの出席者がこの提案を受け入れ、トリノ・スケールと呼ぶことにされた。

 私は日本人としてただ一人の出席で、Binzelが発表した時から後で示すような理由で強く反対したが、残念ながら受け入れられなかった。ジェット推進研究所のD.Yoemansがまとめのレポートをe-mailで出席者に回覧した時も強く反対したが、結局、国際天文学連合(IAU)総書記のJ. Andersonに提出され、IAUの提案として7月19日−30日にオーストリア・ウィーンで国連によって開催されたUNISPACE IIIにおいて受け入れられた。私としてはとても残念であった。

 トリノ・スケールは下の図のように地球に衝突する危険率を衝突のエネルギー(小惑星の半径にほぼ相当)と衝突確率の2つのパラメータで示したものである。0から10は表のような定義になっている。昨年と今年に衝突するかもしれないと騒がれた1997XF11と1999AN10はいずれは衝突確率は10**-6前後であった。

         表. トリノ・スケールの定義

   0.衝突の危険性がほとんどない
   1.より詳細な追跡観測が必要である
   2.非常に接近するが衝突の可能性は低い
   3.1%以上の衝突確率.衝突によって限定された地域が壊滅する
   4.1%以上の衝突確率.衝突によって広大な地域が壊滅される

   5.地球にかなり接近し、広大な地域が壊滅する可能性が高い
   6.非常に接近し、衝突すると全地球的な被害が起こる
   7.1%以上の衝突確率.衝突によって全地球的な壊滅が起こる
   8.ほぼ確実に衝突し、限定された地域が壊滅する
   9.ほぼ確実に衝突し、広大な地域が壊滅する
  10.ほぼ確実に衝突し、全地球的な壊滅が起こる

 私は衝突確率は10**-6という値ばかりでなく、10**-2や10**-3という値でも、一般に公表するのは基本的に反対である。特に衝突するかもしれない時が30年も40年も先のことであればなおさらである。10**-6〜10**-2の確率で衝突するとわかって、あと数年観測を続ければ、より明確にできるのである。1997XF11の時も1999AN10の時も衝突の可能性をマスコミが取り扱った直後に衝突の可能性が消えた。このようなことを繰り返していると、NEOの専門家は“狼少年”と同じ目で見られるようになってしまう。

 確かにトリノ・スケールは衝突問題の一つの指標となっている。しかし、専門家はその意味を理解できるかもしれないが、理科や数学をあまり好きでないマスコミの人々を含む一般人にとってはトリノ・スケール・1でも衝突するかもしれないということになってしまう。

 10**-6**−10-2の確率での衝突の可能性を見つけただけで、なぜ急いで公表したがるのであろうか。なぜ数年の継続観測を待てないのであろうか。私は発表者の名誉欲を強く感じる。私達NEO活動を進めている者は自己を犠牲としても人類の存続のためを思って努力しているのではないのであろうか。基本とすることは、自己の発見の業績よりも人類を守ることを主とすべきである。

 私達、日本スペースガード協会の活動の重要な一つは、広報活動である。トリノ・スケールを十分に理解してもらえる人を一人でも多くする努力を続けている。しかし、その努力の成果はまだまだである。そのような段階は私の示した考え方は重要である。

 私の考え方に対して、会員諸氏の御意見をいただきたい。私の考え方を協会の意見として発表できればより強力に外国のNEO仲間に訴えることができる。来年8月にイギリスのマンチェスターでIAUの総会がある。その折に、トリノ・スケール問題を議題にしたいと思っている。


 28号目次/あすてろいどHP