特集 トリノスケールについて(1) |
トリノ(Torino)スケールとは何か
祖父江 博臣(日本電気)
昨年来、、向こう半世紀以内に地球に異常に接近し、確率は無視できるほど低いのですが、地球と衝突する恐れがある1999 AN10など複数の小惑星が相次いで発見されました。何れのケースも過去の写真などが発見されて、それらの小惑星の軌道が再計算された結果、衝突しないことが確認されました。 これらの事件は、衝突問題の認識で研究者の視点と社会一般の常識や感覚との間に大きなギャップがあることが明らかとなったニュースでもありました。私たちの感覚ではより具体的に、“何時(50年も先ではなく)”、“どの程度の大きさの物体が”、“どの程度の可能性で(何万分の1では衝突しないと同義語)”、“その衝突地点は何処か”、などの情報を求めております。 こういう状況の中で、天体との衝突の脅威に対する認識について、共通の尺度の必要性が痛感されたので、この共通の尺度としてトリノスケールが生まれました。私たちは地震の指標(スケール)が生活の一部となって新聞やテレビのニュースなど日常接する機会が多くあります。阪神・淡路の大震災や最近ではトルコの大地震など日常的にこの指標が使われております。地震では規模の大きさを示す“マグニチュード”と私たちが感じる地震の揺れの強さを示す“震度”が用いられるます。日本では気象庁の震度階で震度を定めています。同じ規模の地震でも震度は震源(地震の発生した場所)から遠くなれば揺れは弱くなるので、マグニチュードをニュース的に捉え、震度を体で経験的に覚えます。地震の揺れを感じるとテレビは各地の震度、震源地とマグニチュードを地震ニュースで速報します。新聞も同様、ある程度被害を及ぼした地震の詳細を載せております。ここでいうトリノスケールは地震のマグニチュードに相当します。地震の震度階とそれぞれの揺れの程度は別表1、地震の強さとマグニチュードの分類は別表2の様になっています。
制定までの経緯 トリノスケールはMITの“地球・大気・惑星科学部”教授Binzel博士によって提案され、1995年に“NEO危険インデックス”の初版が発行されました。以降専門家による検討がなされ、改定案が1996年6月にトリノで開催された国際天文連盟(IAU)で採択されました。そして開催都市トリノに因んでトリノスケールと命名されております。また、今年7月にウイーンで開催された外宇宙の探査と平和的利用に関する第3回国連の会議(UNISPACEVウイーン会議)でIAUは小惑星や彗星などが地球に潜在的な脅威を判断する指標にトリノスケールを公式に採用したと発表しています。 トリノスケールの狙い トリノスケールは地球と衝突の恐れがある小惑星や彗星が発見されたとき、その危機の度合いを指標化したものです。この指標の狙いは予測された衝撃から危機の程度を分類することと、この指標を用いて天文学者など専門家の方々と、一般社会と意思の疎通を図ることを目標にしています。例えば地球に非常に接近する小惑星が発見され、5年後に再接近するときのトリノスケールが1であったとすれば、専門家の方は、ある特殊条件下の軌道計算の結果、地球と衝突の確率は何万分の1であることを発見したと論文で発表するでしょう。然し一般にはトリノスケールが1である小惑星を発見したと発表すれば済むわけで、“衝突の可能性は極めて少なく、今後、注意深くフォローの観測が必要で、何も心配することはない。”と、理解されます。従って昨年のように大騒ぎをすることが無くなります。 トリノスケールの仕組み トリノスケールは衝突の危機の程度を0から10までの数値を利用し11段階に分類しています。この数値は小惑星の大きさと速度及び衝突の可能性をもとに地球環境への影響の深刻さを考慮に入れております。この数値に関連づけて、危機の程度を白、緑、黄、オレンジ及び赤の5種類のカラーコード(シェード)で表しております。白は衝突の可能性が全くない事を意味しており、緑、黄、オレンジと衝突の可能性が高くなり、赤はほぼ100% トリノスケール NASAが公表いたしましたトリノスケールを次に要約いたしました。この内容は次のWebページで見ることが出来ます。 日本スペースガード協会のホームページ: 白シェード:「衝突しないイベント」 0。衝突の可能性はゼロであるか 同じ大きさの任意の物体が次の数十年内に地球に衝突するであろうという可能性を大きく下回っている。この指定は同様に、衝突が生じたとき、それがそこなわれずに地球の表面に届きそうもない小さな物体に適用する。
1. 衝突の可能性は次の数十年内に地球に衝突する同じ大きさの任意の物体と同じ確率で、極めて可能性が少ない。 黄色シェード:「関心に値するイベント」 2.ある程度接近するが、異常接近ではない。 衝突は殆どありそうもない。 3.接近遭遇で1%又はそれ以上の衝突確率で、局地的な破壊をもたらす衝突。 4.接近遭遇、1%又はそれ以上の衝突確率で、地域的な破壊をもたらす衝突。 オレンジシェード:「脅威的なイベント」 5.接近遭遇、重大な脅威で地域の破壊をもたらす衝突。 6.接近遭遇、重大な脅威で地球全体の大惨事をもたらす衝突。 7.接近遭遇、非常に重大な脅威で地球全体の大惨事をもたらす衝突。 赤シェード:「確実な衝突」 8.局地的に限定された破壊をもたらす衝突。このような出来事は50年から1000年の間に一度の割合で地球上のどこかで起きる。 9.地域の破壊をもたらす衝突。このような事象は千年から十万年に一回の割合で起きる。 10.地球全体の気候の大惨事をもたらす大衝突。このような事象は十万年に1度かそれ以下の割合で起きる。 結論 衝突という視点から、赤コードが発せられたとき衝突が確実であることを意味します。白、緑、黄、そしてオレンジコードの順に衝突の危険の度合いが高くなり、全体的に警報的な色彩を持たせてあるようです。具体的に地球に脅威を与える小惑星が発見されたとき、この警報の基礎となる、衝突確率の計算精度を上げるために、正確な軌道の決定が必要です。其のためきめ細かな観測と長期間の観測が求められます。更に過去に他の研究のために撮影された写真から、該当する小惑星を探す地道な努力が必要となります(1999 AN10のケースを思い出してください)。衝突が避けられない事態となったとき、それによって起きる破壊の規模の予測は、小惑星や彗星の“大きさ”と“何で出来ているのか、組成は何か(金属か、岩石か、氷の固まりか)”や“一枚岩なのか、脆い固まりなのか”、及び“地球との相対速度はどれほどか”などのパラメータによって決まります。これらを求めるには地道な観測と、研究の積み重ねが必要です。 現在まで、トリノスケールで2以上に該当する小惑星は発見されておりません。昨年から今年にかけて話題となったケースに応用すれば、発見されたときのトリノスケール1(カラーコードは緑)が過去に撮影された写真を元に再評価の結果、トリノスケール0(衝突しない)になったと推測できます。 以上のことを考えますと、現在建設中の望遠鏡は未発見のNEOを数多く見付けることと、そのフォローアップ観測に非常に適しております。一日も早い完成とその活躍を期待したいものです。 |
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