特集 トリノスケールについて(7) |
JSGAでの議論について
磯部 しゅう三(日本スペースガード協会理事長)
発見された小惑星の地球衝突の危険度に関するトリノ・スケールに関しては前号において詳しく書かれている。その後、会員の一人の方が協会のネット上で、別稿のように私の稿に対して意見を述べておられる。この問題は協会としての方向性を考える上で重要な問題であるので、理事長としての私の考え方を書くことにより、会員諸氏の忌憚のないご意見を頂くきっかけとしたい。 御意見のポイントは2つある。1つは衝突確率の低い(トリノスケール1から7)までの小惑星検出の公表をするべきかどうか、と、2つ目は会長(現理事長)が協会名で一方的な意見を発表した事の是非である。問題を複雑にしないために2つの問題を切り放して書く事にする。 まず第1の点から進める。意見を書かれた方はある時点で科学的にわかったことは全て公表しろと言っておられるように感じる。観測結果であるデータを公表することは当然である。問題はそのデータを整約した結果のことである。問題を整理するために単純な例を示そう。発見した小惑星が1999AN10の様に、計算結果が約40年後の衝突確率10の-7乗(トリノスケール1)としよう。10の-7乗という確率はほとんど衝突しないと言っているのと同じ事である。それをわざわざ衝突可能性の意味を込めたトリノスケールで発表する必要があるのであろうか。 トリノスケールは地震のマグニチュードを示すリヒター・スケールに例えられる。これは100パーセント誤りである。リヒター・スケールはエネルギー量を示すだけで、そこには確率の概念は含まれていない。さらに大部分のケースでは、現象(災害)が起こった結果を見て使われている。リヒター・スケールは、小惑星衝突のように、これまでに人間の住む所で起こった事がない現象とは基本的に異なっており、トリノスケールには確率の概念が含まれているのである。 ほとんどの地球に近づく小惑星(NEA)は2年から3年の周期で地球に近づく。その時に再観測すれば衝突確率はゼロになるかごく希に10の-1乗以上になるかである。仮に、衝突するとなっても、失われる時間は、上で示した1999AN10のケースでは40年のうちの2年である。衝突を避けるための作業を始めるための時間に基本的に差がないと考えてよい。 1999AN10の場合でもたった1カ月余りの観測で衝突確率はゼロになったのである。1カ月を急ぐ余り、トリノ・スケール1の公表をして人々の関心を高め、その直後に大丈夫ですと繰り返せば、“オオカミ少年”になる事は明らかである。すぐに人々は私達の人類の壊滅を守ろうとする活動を胡散臭いものとして見始めるのは明らかである。 いくら世界のスペース・ガード研究者が発表しなくても、少し計算能力のある人であれば、40年先位までの軌道計算はできる。そして、マスコミに発表してしまうかもしれない。観測データを公開している以上、これは避けられない事である。しかし、その事と世界のスペース・ガード研究者組織として発表するのとは基本的に異なる事である(なお、国際天文学連合では先端的研究グループの代表(目下のところMPCのMarsden、JPLのChodass、PisaのMilani、HelsinkiのMunnonenの4名で[本年夏のIAU総会でISASの吉川か中野を推薦する予定である]が協議し、どのような形で発表するかを決める予定である)。もし、マスコミのインタビューがあれば“衝突確率はほとんどゼロで心配ない。しかし、地球に接近することは事実なので、精密な観測を継続する”と答えればよいだけである。2年後の観測によって、38年後に衝突するとわかれば、その時点で明確に発表すればよいことである。 私が言いたい事は、小惑星地球衝突という滅多に起こらない事は、多くの人々には起こらないのに起こると騒いでいる連中がいると見られがちであることである。一つ一つ事実を積み重ねて、理解者の数、特に当協会の会員数を一人一人増やしていく必要があり、“オオカミ少年”と思われうる誤りは極力無くす努力を最大限にしなければならない。これは日本スペースガード協会にとって重要なテーマの一つである。 第2の点に関してもお答えしたい。私が協会名を含めて論文を書いたのは今回だけではない。協会の衝突問題研究会や総会等での議論を参考にして書いたつもりでいる。例えば、小惑星衝突問題解決のストラテジーに関する論文は、国際的なスペース・ガード研究者の目が人類壊滅をもたらしうる直径1km以上の小惑星を主テーマにしているのに対して、当協会はローカルな破壊をもたらしうる小惑星も考慮しようというものである。 トリノ・スケールは1999年6月にトリノで開催されたスペース・ガードの国際会議で、私も親しいR.ビンツェルによって発表された。その会議には日本人は私だけであった。私自身の考え方と関連するテーマの当協会内における議論を考慮して、即座に私は反対意見を述べた。私の意識では日本スペースガード協会の会長として、また協会の意見を代表して述べたつもりである。 しかしながら、一部の理事の方から学術論文において著者名欄に協会名を書くことは全会員に了承を取ってから行うべきであるとの御指摘を受けた。その御意見は文字通り正しいことであり、事前に了解を得なかったことに関しては深くお詫びしたい。 一方、私が書いたこれらの論文は学術誌に掲載されてはいるが、その内容の主たる点は小惑星地球衝突問題に対して協会の考え方、方針を宣伝するという面がある。私の意識としては、その側面の方が強い。そして、幸いにも日本スペースガード協会の名前及びその考え方を理解して下さる方が世界的にかなり増えてきた。 学術論文に対する著者名の取り扱いと同じようにするべきであるとの御意見はもっともであるが、協会の目的を達成するために何をしなければならないかを考えた時、今回の問題は十分に議論しておく必要があると思う。 これらの2つの点に関して、会員のご意見をお聞かせいただき、協会の今後の行動のあり方の指針を得たい。会員諸氏の御賢察をお願いする。 |
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