会員からの質問

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 会員の柴原英紀という者です。「あすてろいど」いつもたのしく拝読しています。
 29号、「しし座流星群が月面を直撃」について教えて下さい。記事の中に、数十Kg〜数百Kg、直径50cm前後のいん石が6つも衝突したとあります。流星は、1、2ミリと聞いていたのですが、こんなに大きいのが、6つも月に衝突したのは、どうしてでしょうか。他にも大きいのが、どっか地球にも来ていたのでしょうか。ストリームの中にいつも大きいのが、あるのでしょうか。よろしくおねがいします。                 (柴原英紀)

 <解 答>
                            矢野 創(宇宙科学研究所)

 結論を先に述べます。流星は彗星から放出された物質(といっても剥き出しで純水の氷ではないでしょう。宇宙空間でしばらく生き残るためには。)が地球の大気に突入して光る現象です。人間の目で見える明るさの流星のもととなる彗星塵は、柴原さんのご指摘通り1−2ミリのものが多いですが、それよりも大きな彗星物質が親彗星から放出され、しし群のダストチューブの中に生き残っていても不思議ではありません。但し、大きい彗星物質ほどチューブ内での数は少なく、その大きさには限界(理由は後述)があります。昨年のしし群極大期にシンクロした月面発光現象の観測例につきましては、直接的な証拠はないものの、私には以下の理由で、かなり流星群との相関関係が強いものであると思われます。

 そもそも月面での発光現象は、11世紀に英国カンタベリーの僧が記録に残して以来(この衝突は、探査機で月面探査ができる時代になって、月の表裏の境界よりやや裏側にあるジョルダノ・ブルーノクレーターを形成したという説が支持されています。)、各地で報告例があります。しかしその原因につきましては主に、比較的大きな隕石の衝突によるものか、月震(月に起こる地震)など月内部の地殻活動により間欠的に揮発性ガスが放出するという二説が、これまで残ってきました。ちなみに、超高速衝突現象の際に発光現象が起こることは、地上の実験室でも日常的に確認されています。一方で、月の内部構造の詳細に付いてはまだ科学的決着はついていないものの、そうした揮発性成分が地上から光学観測できるほど噴出するような地殻活動を行う熱量も潮汐力も、現在の月には残されていないのではないか、という議論があります。

 70年代初頭にアポロ計画で月面に複数の月震計を設置し、数年間にわたり地表付近の月震データを集めたところ、明らかに数〜数十kgオーダーの隕石が観測範囲に落ちたことによる振動を1000のオーダー(詳細な数字はちょっと思い出せません)検出しました。さらにその検出数は、特定の流星群の時期に、それも特に月の表側(アポロは表にしか着陸していない)がその流れに向かっている場合に、ランダムに落ちてくる散在隕石の検出数よりも有為に多くなるケースが何回かあったという論文も出ています。これにより、月面には今も隕石が毎日落ちてローカルな月震を起こしていることは確実でしょう。

 ですから、もし月面の発光現象が月震を起こした隕石衝突の時刻と場所に一致すれば、発光現象の衝突起源説の動かぬ証拠になるわけです。私はそのために数年前、宇宙研の月震観測機LUNAR−Aと地上での月面発光現象の同時観測、特に1999年のしし群の時期を狙った計画を提案しましたが、残念ながらLUNAR−Aの打ち上げは2002年度に延期されてしまい、実現しませんでした。

 しかし今回の月面発光現象の地上観測例は、少なくとも統計的に有為な数がしし群の極大期とシンクロしていますので、間接的な検証は可能です。それには、以下の三つを計算してみれば良いのです。

(1)しし群の親彗星であるテンペルタットル彗星の核表面から表面重力に逆らってガスによって吹き出される物質(これが地球の大気に突入すれば「流れ星」になりますし、大気のない月面に衝突すれば「発光現象」になります)の最大の質量を見積もる。
(2)流星は明るいものほど数が減りますが、それは大きな彗星塵ほど数が少ないという意味ですので、(1)で求めたサイズのしし群彗星塵(というか岩塊)の空間密度を地球上での流星の検出数から外挿して求め、それを「月面発光現象の数/観測時間/観測された月面の表面積」という数と較べる。
(3)しし群の月面への衝突速度はわかっているので、(1)で求めた質量の彗星物質が超高速衝突で放出する運動エネルギーのうち発光現象に使われる量を計算して、そのエネルギーを光量に変換する。

 この三つの計算から求められたしし群隕石の衝突による月面発光の数と明るさが、今回の観測と誤差の範囲内で一致するならば、かなり有力な証明になります。実際、(1)は数〜数十kgと見積もられており(それ以上重いものは彗星核表面から離脱できない)、その最大値の質量による衝突エネルギー(これには彗星物質や月面の物性値に仮定がいくつか入るので正確には求められませんが)の開放による発光量もオーダー的には今回の地上ビデオ観測の検出限界よりやや上になるようです。一方、検出数については、世界中からの観測例がまばらで、しかもそれぞれ異なる感度のカメラを使った上での集計ですので、かなり不確定性があります。また地球大気中でみられるしし群流星の微小なサイズの出現数から数kgの大きさまで単純に外挿できるかは、実は未解決のテーマです。しかしその数は0.1のオーダーでも100のオーダーでもなさそうなので、とりあえずあまりかけ離れた数値ではないということは言えそうです。以上が、現在までの理解です。

 幸い、今後数年間しし群の出現数の増加が予測されていますので、もう少し工夫した観測データを集めることができます。昨年の観測結果による上記の数値を元に予測値を出して、今後組織的な月面発光現象観測に望めば、より検出数の議論は正確になっていくでしょう。なお、当然地球は月よりも大きな「標的」ですので、大きなしし群隕石が本当に飛んできているのなら、月面発光の数以上に巨大な火球や空中爆発(この位の大きさより2−3桁重たい宇宙物質が空中爆発するのは軍事衛星から検出されており、それはおよそ1.5ヶ月に一回の割合という報告があります。)が起きているはずですね。しかし標的は大きくても、地球上の観測者が眺められる空の大きさは地球全体の表面積のほんのわずかですし、夜にしし群の放射点が空に上っている地域でしか見られませんので、大半は人類の誰にも見つからずに、あるいは見つかったとしても世界中の流星観測のデータアーカイブに入ってくる確率は少ないでしょう。電波観測は放射点が空に出ていれば昼でも流星を検出できますが、観測地点毎にカバーできる空の面積という点では、光学観測と五十歩百歩です。

 実はそうしたものを検出するには、夜空を一望できる高さで地球を巡っている低軌道衛星から超高度カメラを使って地球を見下ろすことが有効だと思われます。しかし、しし群の最中には、ただでさえ運用中の人工衛星への衝突を警戒するくらいですから、スペースシャトルや新しい人工衛星は安全のために打ち上げられませんし、既存の衛星の中にそうした流星を見る目を持ったものは多くありません。この状況に風穴を開けるには、例えば最近世界で流行している大学生による小型衛星設計・製作のプロジェクトがあり得るかも知れません。つまり、しし群の間だけ生きれば良い超短命な小型衛星を、短期間で安く作り、打ち上げは海外の安い民間ロケットのヒッチハイクで、衛星試験や通信はどこかの国の宇宙機関の施設に手伝ってもらうというシナリオです。後は研究者の熱意次第ですね。



 30号の目次/あすてろいどのHP