今月のイメージ             


 キットピーク天文台のスペースウォッチ望遠鏡で発見された小天体が、実は89年前、1911年に発見された後、消息を絶っていた特異小惑星Albert(719)であることが確認された。100近く登録された小惑星の中で、唯一、様々な追跡にもかかわらず、その姿を見ることのできなかったものである。その同定を行ったMPCのガレス・ウィリアムは、Albert探しという、子供の頃からの夢をかなえたのだそうである。

 無数にある太陽系内の小天体を丹念に観測し、一つ一つ軌道を決め、その動きをモニターする。やがてその数は五万、十万と限りなく増えていく。CCDやコンピュータの進歩が作業の大幅な自動化を可能にしているとはいえ、最終的な判断や、まとめは人間がする。これは学問なのか。これをどこまで続けることになるのか。などと、余分な心配をしていて、ナスカの地上絵の探査に生涯を捧げたマリア・ライヘを思い出した。

 灰色の砂地がどこまでも広がり、地平線のかなたに消える。その中を一本の道がどこまでも延びて、その先は灰色の平原とともに、やはり地平の彼方に消えている。パン・アメリカン・ハイウェイである。太平洋岸に沿って南北アメリカ大陸を縦断するという、途方もなく長い国際道路。1936年に工事が開始されたということであるが、もうすべて完了したのかどうかは知らない。ただ、ここナスカのパンパを遠慮なく縦断している道の歴史は、半世紀を超えている。そこには紀元前からこの地に一つの文明を開花せたナスカ人の手になるという、地上絵が横たわっている。サル、ハチドリ、コンドル、クモ、・・・。空からでないと明確に認識できないような巨大な絵や、膨大な数の直線が描かれているのである。

 オフシーズンのためか、他に観光客のほとんど見あたらない5月も終わりの夕方、このハイウェイを車で走ってきて、目に入ったのは、ミラドールと呼ばれる観測塔だった(写真)。一見、素人が作ったような、何とも頼りない塔である。実は、これは、ナスカの地に一人住み、50年以上にわたって地上絵の研究を続けた、ドイツ出身の女性、マリア・ライヘが、資材を投じて建てたものであるという。無知な観光客が、傍若無人に地上絵に踏み込むのに耐えられずに。

 1940年代はじめから本格的な測量や研究を開始したマリア・ライヘは、一人この砂漠の中に生活し、財政的に恵まれることもなく、粗食と乏しい研究資金にもめげず、50年以上にわたる研究を続けた。彼女が生活した場所の近くに建てられた、「マリアライヘ博物館」で、その生活の様子が再現されていた。何の知識もなく、ここを訪れた私にとって、それはまことに印象的な光景であった。測量をして描いた膨大な図面を周囲にぶら下げて、机に座っている姿がそこにあった。そのそばには、小さくて質素なベッドが置かれていた。古代史の研究に人生を捧げる、という話しはわからないわけではない。しかし、ここでは毎日、同じ風景、そして同じ天気が単調に繰り返される。しかも、それは人間にとって快適なものではない。このような地で、生活に困窮しながら、たった一人で住んで、何十年にもわたって研究を続けるなどということが、本当にできるものなのであろうか。このような生活に耐えさせる別の理由があったのだろうか。

 地上絵が描かれた当時と同じ環境の中で、素朴な道具を用い、砂漠に描かれた絵や線の測量を続けるうちに、ライヘはそれを描いた古代ナスカの人々と心が強く結ばれていったのかもしれない。他人にはわからない至福の時を持っていたのであろう。それは研究の最高の喜びとでもいうべきものである。晩年になるほど、彼女は地上絵保存のために大変な労力を割くことになったということも納得できる。ちまちまとした研究発表で業績を上げる、などという俗世間の研究者をはるかに超越してしまった彼女にとって、地上絵を昔のままに保存することこそ最も大切だったのである。だから、質素な生活の中で工面したお金をミラドール建設に当てたのであろう。

 実は、最近、マリア・ライヘに関して大変感動的な本が日本にあることをことを知った。10年ほど前に出版された、楠田絵里子著、「ナスカ砂の王国 −地上絵の謎を追ったマリア・ライヘの生涯−」、文芸春秋社刊(現在は文春文庫になっている)である。楠田さんは、ナスカを何度も訪れて晩年のライヘと大変親しくなり、またライヘが生まれ育ったドイツ、ドレスデンでの詳しい調査もされて、このような生涯につながった根本的な動機も推測されている。それを読んで、納得すると同時に、やはりそれはそっとしておきたいと感じた。

 ところで、小惑星の観測や軌道決定も、根気よく続けていると、太陽系を作った神の心、いやいや、自然の摂理が生みだした太陽系生成のドラマに身を浸す喜びが得られるのだろうか。そのシナリオに地球と小惑星の衝突が登場しなければよいが。  
          (写真はミラドールとパンアメリカンハイウェイ(ナスカ/ペルー)
                           エッセイと写真 由紀 聡平)


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