クレオパトラとアルベルト
吉川 真(宇宙科学研究所)
最近、小惑星についての面白い話題が沢山あります。その中でも最も興味深いものは、アメリカの探査機ニア・シューメイカーが小惑星エロス(Eros)のまわりを回りながら地球に送ってくる映像でしょう。実は、この文章は、WPGM(Western Pacific Geophysics Meeting)という地球物理学に関する国際学会の会場で書いているのですが、つい先ほどにも、ニア探査機によって撮影されたエロスのすばらしい写真が紹介されたばかりです。地球に接近する小惑星として1898年に発見されたエロスですが、その素顔は川原に落ちている石ころそのものです。しかし、差し渡しの長さが20kmもある石ころです。その表面には、大小様々なクレーターが無数に刻まれており、エロスも激しい天体衝突の歴史をくぐり抜けてきたことが分かります。(ニア探査機が撮影したエロスの写真の1枚を図1に示します。)
この小惑星エロス探査の話は、非常に面白いのですが、それはまた別の機会に譲ることにして、ここでは小惑星クレオパトラ(Kleopatra)と小惑星アルベルト(Albert)についてご紹介しましょう。実は、これらの2つの小惑星についてはかなり前にこの「あすてろいど」で紹介されています。 まずアルベルトにつきましては、「あすてろいど」92-06号(1992年12月1日発行、通算6号)で、「私のアルベール」というタイトルで南沢弥生氏がエッセイを書かれています。このエッセイでは、行方不明になってしまった小惑星アルベルトにまつわる話が詳しく紹介されています。ちなみに、アルベールというのは、Albertのフランス語読みだと思います。小惑星の名前を日本語でなんと呼ぶかは正式に決まっているわけではありません。ただ、この小惑星の名前はドイツ語からきているようですので、ここではアルベルトと呼ぶことにします。また、クレオパトラの方は、「あすてろいど」95-01号(1995年1月15日発行、通算13号)に「クレオパトラの‘鼻’」というタイトルで私が書いています。これは、この小惑星が星を隠す現象を観測することで、クレオパトラの形を推定した、という話でした。その形を見ると、クレオパトラには高い鼻があるかのように見えたのです。もし、以前の「あすてろいど」をお持ちの方は、是非、これらの記事をもう一度ご覧ください。 さて、これら2つの小惑星について大きなニュースが続けてありました。それは、見失われていた小惑星アルベルトが実に89年ぶりに発見されたということと、小惑星クレオパトラの姿がレーダー観測によって明らかになったということです。ここでは、この2つの <ベールを脱いだ(?) 小惑星クレオパトラ> 小惑星クレオパトラは、1880年に発見され、216番という確定番号が付いている小惑星です。この小惑星の明るさの変化を観測すると、その変化の量が大きいことが分かりました。これは、形が非常に細長い棒のようなものであることを示唆しており、たとえば、最も長い方向の長さは短い方向の長さの2.6倍もあると推定されていました。 この小惑星の形が最初に詳しく調べられたのは、1991年のことです。この年の1月19日に、この小惑星がある恒星を隠す現象(掩蔽)が起こったのです。これは月が太陽を隠す日食と似た現象です。日食の時には、月の影が地球上に落ちるわけですが、小惑星の掩蔽の場合には、星の光によってできた小惑星の影が地球に落ちるのです。クレオパトラの影が地球上を移動していったとき、何人かの人がその影を観測することでクレオパトラの形を推定することができました。その形は、「あすてろいど」95-01号でご紹介したものですが、図をここでも示します(図2)。この図を見ると、高い山のようなものがあるので、「クレオパトラには高い鼻がある?」というようなことになったわけです。
さて、最近になって、チリにあるヨーロッパ南天天文台(ESO)で小惑星クレオパトラの観測が行われました。1999年10月25日のことです。口径が3.6mの望遠鏡を用いて、補償光学という特殊な方法を使って高精度の写真が撮影されいました。その写真を見ると、小惑星クレオパトラは、あたかも2つの小惑星が非常に接近して互いの周りを回りあっているかのように見えました(図3)。
そして、さらにハイテクを使った観測が行われました。それは、小惑星クレオパトラに向けて地上から電波を発信して、その電波が小惑星で反射されてくるのを観測するというものです。つまり、レーダーによる小惑星の観測です。このような観測は、地球に接近し レーダーの電波はアメリカにある非常に高出力の電波が発信できる施設から発信されました。地球に接近した小惑星のレーダー観測の場合には、反射してきた電波をやはりアメリカにある大きな電波望遠鏡で受信します。ところが、クレオパトラは地球からはるか1億7千キロメートルもの距離にあります。これは、光の速度で往復しても19分もかかる距離です。したがいまして、反射してくる電波も非常に弱くなってしまいます。そのために、小惑星から反射してくる微弱な電波をとらえるために、地上で最も大きな電波望遠鏡が使われました。それは、プエルトリコにあるアレシボ(Arecibo)の電波望遠鏡です。この電波望遠鏡は直径が305mもあるもので、天然の地形を利用して地上に据え付けたようになっています。そのために、ほぼ真上からの信号しか受けることはできません。 このような大がかりな施設を使ってレーダーで撮影された小惑星クレオパトラの姿は、あたかも犬がくわえている骨のようなものでした。その写真を、図4に示します。こんなに変な形をしている小惑星があるとは、すぐには信じられません。それに差し渡しの長さは217kmもあるのです。このような形になったのは、2つの小惑星が衝突してくっついたためとも言われていますが、はたして本当なのでしょうか? また、成分は鉄とニッケルの混合物ということです。
ただし、1つだけ気をつけないといけないことは、このクレオパトラの写真が普通の写真ではないということです。これは、あくまでもレーダーの電波の反射を観測して形状を計算したものなのです。本当にこのような形をしているのかどうかは、やはり探査機でそばまで行って確認をしてみる必要がありそうです。でも、本当にどのような形をしているのか非常に興味深い天体ですね。 <89年ぶりに発見された小惑星アルベルト> 小惑星アルベルトは、確定番号が719番の小惑星で、発見されたのは1911年のことでした。地球に接近する小惑星としてはエロスについで2番目に発見されたものです。しかし、その発見された年である1911年に最後に観測されて以来、ずっと行方不明のままでした。この行方不明についての詳細は、「あすてろいど」92-06号を是非ご覧ください。 この見失われていた小惑星が再発見されたというニュースが、5月初めに流れて、小惑星の観測者や研究者を驚かせました。実に、89年ぶりの発見になります。この小惑星を再びとらえたのは、アメリカのキット・ピーク天文台のスペースウオッチのチームです。彼らが5月1日に撮影した写真の中に、このアルベルトが写っていたのです。このときの地球からの距離は3天文単位もあり、その明るさは22等と暗いものでした。最初は、撮影された天体に2000 JW8という仮符号が付けられたのですが、マイナー・プラネット・センターでの計算によって、この天体が長年行方不明だったアルベルトであることが分かったのです。 これで、確定番号が付いた小惑星で行方不明のものは、ついになくなりました。現在では、確定番号が付く条件がアルベルトの頃と比べるとかなり厳しいものになっています。したがいまして、現在は確定番号が付いた小惑星が見失われるようなことはまずありません。 さらに詳しい情報を知りたい方は以下のサイトを参考にして下さい。 小惑星クレオパトラの地上観測(ESO) |
31号の目次/あすてろいどHP