小惑星衝突による経済的損失

磯部 秀三(JSGA理事長)



 1801年に最初の小惑星が発見されて以来200年が経ち、3万個の軌道が確立した。しかし、3年前の段階では1万個程度でこの3年余りの発見が著しいことがわかる。そして、それらのうちで、1,500余りが地球に接近するNEA(Near Earth Asteroids)である。NASAが目標としている直径約1km以上のものは500個余りである。

 NASAは、直径1km以上の小惑星の地球衝突は、人類絶滅をもたらしうる、少なくとも人類文明の壊滅をもたらしうるものとして、10年以内に(1991年に10年以内と言われ、現在でも10年以内2010年までと言っているが、ここ3年間の発見数の急激な伸びによって今回は確からしくなってきている)1,000個前後と見積もられている総数の90%以上を見つけ出すことを目標としている。

 近年に発見されるNEAの中には、直径が1kmより小さなものも多くなってきている。それらが地球に衝突しても大災害をもたらすのは確かである。そして、より小さなNEAを発見・検出せよという声がNEAに関心のある人たちの中で強くなってきて議論が始まっている。

このような議論に対して、ジェット推進研究所(JPL)のAllan Harrisは、それぞれのサイズのNEAの衝突による損失を次のように評価している。

 50cmサイズのNEAでは、1回の衝突で平均5,000人が死ぬであろう。そのような衝突は約250年に1回起こるので、結局、毎年平均20人が死ぬことになる。300mサイズのNEAなら、2万5千年に1回毎に50万人が死ぬので、結果は同じく毎年平均20人になる。つまり、どのサイズのNEAも人間に与える危険度は同じになる(当然、これらの数字は近似的なものではあるが、ここでの議論で扱う範囲ではよい近似になっている)。

 一方、NEAを検出するための費用はどうなるか見てみよう。直径5km以上のものはほぼ全て見つけられている(2000年10月に美星スペースガードセンターでは知られている中では2番目に大きいNEA 2000UV300を発見しているので、まだ1−2個見逃されているものがあるかもしれない)。

 1kmより大きいNEAは500個余り見つかっており、ほぼ半数に達している。このサイズの小惑星が小惑星帯にあると、全てを一定期間(10−20年)に見つけるためには、20.5等級まで観測可能な望遠鏡が必要である。そのためには口径1m以上の望遠鏡でなければならない。口径が小さい望遠鏡でも露出時間を長くすれば暗い天体まで写すことができるが、小惑星は星々の間を移動しているので、露出を長くしても像が長く伸びるだけで、暗いものまで写すことができないのである。口径1mの掃天用広視野望遠鏡の建設費は付属設備も含めて約10億円であるから、10台の建設と10年間の運用費で約250億円の費用が必要となる。

 直径300mのNEAでは23.0等級まで観測できる望遠鏡が必要となる。そのため、単純にはイギリスの科学大臣に提出されたレポートのように、口径3mの望遠鏡ということになる。しかし、実際には、夜空は1平方秒角の広がりが21.5等級で輝いているので、そのような背景雑音の光の中にかすかに光る星からの信号をとらえる必要がでてきて、星からの光の量が2乗倍多くなければいけなくなる。そのために、結果的には口径8mクラスのすばる望遠鏡のような巨大な望遠鏡が必要となる。望遠鏡の視野を広く(2−3度角)するのは1m望遠鏡でも大変であるが、8−10mクラスの望遠鏡では現在では0.5度角にしかできないでいる。そのため、全天を見るための望遠鏡の数が多く必要となる。1台150−400億円(ヨーロッパ南天天文台は1台150億円で、すばるは400億円)という巨額の望遠鏡を何台も建設し、しかも何十年(直径300m以上のNEAは何万個)も運用しなければならないので、数千億円の費用が必要となる。
 直径100mのNEAでは、25.5等級の観測が必要で、それはハッブル宇宙望遠鏡のように宇宙望遠鏡にして、しかも口径が10mのものが必要となる。ハッブル宇宙望遠鏡は口径2.4mで、視野が10分角しかないが、費用2,000億円かかっている。その4倍の口径のものを何百台と打ち上げて何十年も(100m以上のNEAの総数は数十万個と考えられる)観測し続けるとすると、その総額は何兆円よりはるかに大きい費用となってしまうことになる。

 このような計算の結論として、1人の死を防ぐための平均的なコストは、小さい小惑星では何百億円になってしまって、他の危険に対する費用対効果に比べて、あまりよいものとはいえなくなるであろう。このA. Harrisの議論は重要で、私たちがスペースガードプロジェクトを進める上で十分に検討しておくべきことであろう。これらの議論に対して、筆者は次のような意見を表明している。

 小惑星が衝突すると、大なり小なり地表では大災害が起こる。しかし、NEAのサイズの違いによって、本質的な違いが生じる。それは、直径1km(500m以上という計算もあるが)以上のNEAでは、全地球的な破壊が起こり、人類は絶滅するか、少なくとも人類文明は壊滅して、石器時代に逆戻りさせられるかである。そのようなことが起こる確率は数十万年に1回である。しかし、それは確率であるから、1−2年後に起こる可能性もあるのである。世界のNEA観測家が協力すれば、現在のペースで、あと30−50年で全て見つけて軌道決定し、将来の衝突可能性が決定できるのである。現在の宇宙科学は30年後に衝突するとわかれば、その衝突を避ける方法を開発できるレベルにまでなっている。しかし、30年以内に、来年衝突するものが見つかれば、これはもう対処の仕方がない状態となる。未検出のNEAを検出する望遠鏡を増やして、NASAが言うように10年以内に90%を見つけるというのではなく、100%を見つけるようにするべきである。

 300mのNEAが日本のどこかに衝突すれば、日本の大半は壊滅してしまう。日本人としては、そんなことにはなってほしくはない。しかし、他の国の人は生き残り、100年もすれば、世界は元通りになる。単に日本という国がなくなるだけである。しかし、日本人としては、これは大変なことである。オランダに落ちてもオランダ人にとっては大変なことは同じである。そのような問題をどのように捉えるかは、それぞれの国の問題である。そのような災害を避けるための費用の大きさから考えると、国民としての考え方、つまり政治の問題が入って来るであろう。直径1km以上のNEAを検出する努力の結果、見つかってきた直径1km以下のNEA1,000個余りの研究から、この問題がクローズアップされてきて、イギリスの科学大臣がこの問題の重要性を意識し始めたのが昨年のことである。私たち日本スペースガード協会も、日本の国民や政府の理解を得る努力をより一層続けたい。特に、美星スペースガードセンターでの検出が進めば、理解してもらえる日が近いと思っている。

 直径100m、またはそれ以下のNEAの場合はどうであろうか。この検出のためには膨大な費用がかかる。しかし、1発衝突すれば、人口密集地では何百万人、そうでなくても何千人が死んでしまう大災害である。関東大震災どころではない。しかし、それを防ぐために投じなければならない費用は、はるかに膨大となる。300mサイズのNEA検出の中で明らかにされる小さなNEAの分布の研究が進めば、人々や各国の政府にそのような問題に対して、どういう決断をするべきかのための情報がそろい、決断をする時期が訪れるかもしれない。しかし、それは、もう少し先のこととなるであろう。

 何れにしても、スペースガードプロジェクトを進めようとしている人々はまだ世界でも日本でも少数派である。地震、台風などの自然災害に比べてもより大規模な災害がこのような形で存在しているということを知っている人の数は少ない。観測を続けて情報を増やし、それを世の中に伝えていくのが私たちの役目である。そのような努力の結果、多くの人がこのNEA問題に対しての理解を深め、支援してくれると信じている。

 みなさんは、この稿を読まれ、どのように考えられたであろうか。ご意見をお聞かせいただきたい。