アリヴェデルチ・セレス (セレスでまた会おう)後 編-5 |
さよならパーティ Zappara氏のユーモアたっぷりのまとめで高揚した出席者は、その気持ちのまま最後のパーティへと向かっていった。 さよならパーティは、ノルマン宮殿(パレルモ天文台)の中庭であった。ふだんはおそらく入れないような、美しく手入れされた庭はライトアップにより輝き、咲き乱れる花が出席者を歓待してくれる。私はドレスアップしてこなかったことを悔やんだ。それくらい美しいパーティ会場であった(もっとも、ほとんどの出席者がTシャツに短パンであった。まったく、科学者はこれだから…)。 これがイタリアにおけるパーティの慣例なのか、いつの間にかあいさつもなくパーティは始まっていた。誰かが食事を取りに向かうと、隣のテーブルからも人が立ち始める。そんな感じで、パーティが始まる、というよりは、パーティになってしまう、といった雰囲気であった。もっともこの頃になると、私自身もすっかりイタリアに感化されてしまったのか、「まぁこんなもんだよね」というような妙な落ち着きを自分自身の中に持ちはじめてしまっていた。 さて、私がいたテーブルには、ギリシャ人、アメリカ人(だがいまバチカンの天文台にいる)、ベルギー人(だったと思う。なにしろ飲みながら国籍を覚えるような器用なまねはできません)、そして私(=日本人)の4人が座っていた。これだけ国籍が違っていながら、しかもこのパーティではじめて会ったというのに、4人ともよくしゃべりまくること。ギリシャの治安情勢から、小天体の内部構造、日本の小惑星研究事情など、各人持ちネタがワインによって加速されて、多分ワインが切れない限りいつまででも、そうやってしゃべり続けていたのではないだろうか。 そうこうするうち、突如向こうの方のテーブルから大きな歌声が響いてきた。ウクライナのチームである。お国の習慣を忠実に実践しているらしい。グラスを高く差し出しながら、何回も杯を重ねている。本当に楽しそうである。 学会は間もなく終わろうとしている。どのテーブルにも話の花が満開で咲いているようであった。話し続けることで、別れの時刻が先送りになってくれるのではないか、そんな風に思っているように、私にはみえてならなかった。 ワインも尽き、食材もなくなり、会場の後片付けが始まっても、まだ丸いテーブルを囲んで談笑している人たちがそこかしこに絶えなかった。そして、1人、また1人と、庭園の中へ、そして夜の中へと、帰っていく。 |
![]() <写真13>ホテルのバーで見かけた、シチリアをかたどったスイカのディスプレイ。 もちろん本物のスイカでできている。楊枝が刺してあるのは、系列ホテルがあるところ。 |
終章 「地中海の青」(メディタリニアン・ブルー) 学会が終わった、翌日の朝。私はホテルを出て、隣町の駅へ向けて歩いていた。初日のウェルカムパーティが行われたレストランを通り過ぎ、オリーブ畑の中を延びる幹線道路を歩いていく。遠くに広がる海、目の前にそびえ立つ岩山、突き抜けるような青空、そしてオリーブの緑。イタリアは原色の国かもしれない。朝とは思えない強烈な日射しを受けて歩きながら、そんなことを考えていた。 色の印象が強いのはなぜだろう? 学会の会場でモノトーンの研究発表をずっと眺めていたせいだろうか。あるいは、探査機から送られてくる白黒の映像に慣れてしまったせいだろうか。 これからは小惑星の物性が重要な研究課題になるだろう。物性を知るための基礎データは、色---すなわちスペクトルである。より高精度のスペクトルデータが得られれば、小惑星の分類、物性、さらにはその成り立ちまで、より詳しいことがわかる。 これまでは、小惑星は「小惑星」という言葉で、1つのグループとして扱われてきた。でも、例えば子供にも背の高い子もいれば太った子、色の黒い子もいるし痩せた子もいる。小惑星にもいよいよ、個性の時代が訪れつつあるのだ。 個性の時代…個性を大切にするからこそ、イタリアでは芸術が尊ばれ、ルネッサンスが勃興した。イタリアで小惑星がみつかり、200年後にふたたび、小惑星のためにイタリアに世界中から人が集ったのは、きっともっと、象徴的な意味があるのかもしれない。 空港行きのシャトルバスは、行きに不安を抱えた私が走った同じ高速道路を、逆にたどっていく。いつの間にか、私は眠ってしまったようだ。気がつくと目の前には、プンタ・ライジ国際空港---世界でいちばん美しいといわれる、岩山と海にはさまれた空港---が広がっていた。 パレルモの街でしこたま買い込んだ陶器のおみやげを機内預けの手荷物に忍ばせて、チェックイン・カウンターへ向かう。1週間で、私のイタリアへの印象は大きく変わってしまった。混乱しているし、いい加減だけど、離れがたい国。 チェックインを済ませると、航空会社のスタッフが「アリヴェデルチ」と言って、送り出してくれた。アリヴェデルチ・パレルモ…小惑星と切っても切れない縁を持つことになったこの街は、私ともまた切っても切れない、縁を持つことになってしまった。 パレルモ空港を飛び立つ飛行機の窓からは、絶壁と紺碧が好コントラストをなしている。 最後のシチリア、最後の地中海の青[メディタリニアン・ブルー]を見下ろしながら、私はそんな、小惑星とイタリアの結びつきに、遠い天体[ほし]への思いを重ねていた。 アリヴェデルチ・シチリア、アリヴェデルチ・パレルモ…そして…アリヴェデルチ・セレス…。 |