月刊コートダジュール(3月号)

   春の訪れを告げるカーニバルと桜

       2025年4月7日 紅山 仁 (コートダジュール天文台)


3月のニースは心地よい。2月中旬から開催されていたニースの春の風物詩カーニバルは3月上旬にフィナーレを迎え、一時的に増加した観光客はまた息を潜める。3月に入り気温は上昇し、光熱費を気にしながら暖房を使う生活もようやく終わりを迎えた。ニースのカーニバルは春の始まりの合図と言われているが、まさにその通りだと感じた。結局、初めてのカーニバルをどう楽しめば良いのかわからないままフィナーレを迎えてしまった。スペイン出身のポスドクの同僚はお気に入りのカーニバルに参加するために2週間天文台を離れていた。夏に一ヶ月の休暇があるのに、冬のカーニバルでも長期休暇をとっている。フランスの休日の多さには相変わらず驚かされる。カーニバル後に減少した観光客は、ニースのシーズンが近づくにつれてまた増加する。毎週末、街中の観光客が増えていることを肌で実感し、静かなニースのシーズンが終わってしまうことに若干の寂しさを感じた。

さて、4月になるということは渡仏して一年が経過したということである。3月末にはサマータイムが始まり、20時過ぎまで陽がのぼっている。にぎわいだした街のにおいが一年前を彷彿とさせ、渡仏当初のことを五感で思い出す。ニースで生活するための事務手続きに追われていた一年前とは対照的に、今は何にも追われていないことに気づく。そもそも一年前を振り返るという行為をしていること自体が、日常に追われていない証拠でもあるだろう。未解析の観測データは増え続ける一方で、執筆途中の論文もある。するべきことは増えているにも関わらず、やらなければいけないという義務感ではなく、自分のしたい研究を心ゆくまで楽しんでいるという感覚だ。もちろん任期付きのポスドクであるからには次のポストやライフプランが全く頭をよぎらないというわけではないが、ニースでの研究生活はストレスとは極めてかけ離れた位置にあるということは断言できる。

4月といえば何といっても桜の季節だ。花より団子派ではあっても、しばらく日本の桜を見ていないのは少しもの寂しい。そう思って研究の息抜きに天文台付近を散歩していると、居室がある建物のすぐ裏側にサクラの木を発見した。日本の桜とは異なるが、梅とも違う見た目をしている。何でも知っているフランス人の同僚ジュリアンに聞いてみたところ、スリズィエ(Cerisiers)というらしい。セイヨウミザクラと呼ばれる、サクランボの実がなる品種らしいが、私にとってはこれも立派な桜である。たった一本の桜がニースの中心から少し離れた丘の上で咲いているというだけで嬉しい気持ちになる。日本では庭先の桜はよそにして、有名で壮大なサクラを見るために白石川堤や上野へ足を運んでいた。一本の桜でも、心を満たしてくれるものだと気づかされた3月の終わりであった。過去にコートダジュールに滞在していた日本の研究者も同じことを思っていたのだろうか。先日新しく日本からニースにやってきた研究者にも、今度聞いてみよう。

 

写真1.ニースのカーニバルのフィナーレの花火。22:45からのイベントは何の案内もなく遅延したが、文句を言う人は見当たらなかった。真夏の昼間のビーチと同等かそれ以上の人がビーチに集まり、海上に上がる花火を楽しんだ。曲に合わせて踊っている人もいれば、人目を気にせず抱き合っている人もいた。自由でのんびりとしたニースらしいイベントであった。

 

写真2. 天文台の居室のある建物の裏に佇む桜 (スリズィエ, Cerisiers)。