今月のイメージ-2


この進化の問題を最も巧みに、ていねいに説明している書物を一つ上げるとしたら、躊躇なくスティーヴン・ジェイ・グールドのエッセイ集(全10巻のうち、8巻(各2分冊)までが大変にすばらしい翻訳で早川書房から出版されている。)である。グールドはこれ以外にも「ワンダフルライフ」、「フルハウス」など、生物進化をテーマにした多数の大変に興味ある書物を出している(「あすてろいど」でも何度か紹介をしている)。その巧みな文章と構成はおもしろく、啓発的であり、筆者もすっかりそのとりこになり、書棚に並んだグールドの著書は30冊をはるかに超えている。

グールドは1972年、ナイルズ・エルドリッジとともに 広く受け入れられてきた、進化は連続的、斬新的に起こる、というダーウィンの説に対して、断絶平衡説を提唱した。もちろんこれはダーウィンを否定したわけではなく、また連続的、斬新的変化を絶対認めないというわけではない。ただ、進化の基本は、継続的なものではなく、急激な変化と長い停滞の時代が交互に繰り返されると主張しているわけである。

そのような中で、白亜紀と第三紀の境界での、恐竜を含む生物大絶滅の原因は小惑星の地球衝突である、というアルヴァレス親子による天体衝突説の提唱は、この断絶平衡説にとってかけがえのないサポートになったのである。言うまでもなく、天体衝突説には大半の古生物学者が否定的だった。その中にあって、グールドは最初からこの説を支持した。
私は最初からルイス(アルヴァレス)を支持した少数派の一人だった。ただし、証拠を正しく評価した正当な理由からではなかった。単に天変地異的な絶滅が、急速な進化を唱える私の好みに合致したからであり、断絶平衡説をめぐる論争がらみのことだった。」
(グールド著「干し草のなかの恐竜」から)

その後、天体衝突や生物絶滅に関する研究が進む中で次々と見つかる証拠を客観的に評価しながら、グールドは天体衝突説の持つ意味を洞察し、それが古生物学や地質学にとってもいかに重要なものであるかを、エッセイを通して多くの人々に啓蒙したのである。

そのグールド先生が去る5月20日、60歳の若さで亡くなってしまった。彼のエッセイ集の10巻目、「I have landed」が本屋から届いた翌日、新聞でその記事を見かけた。それは大変なショックであった。読みながらわくわくしてくるようなあのエッセイをもう読むことができない。インクのにおいを発散しているこの本が、最後に残してくれたプレゼントだったのである。いや、実はもう一つあった。。今年のはじめに出版された「The Structure of Evolutionary Theory」。本文が1343頁、参考文献や索引を合わせると1455頁という、大冊である。この二冊を机の上に積み上げてしばらく眺めていた。凡庸な筆者が生涯をかけて読むだけの分量をちゃんと残して行ってくれたのだ、とあらためてグールド先生の偉大さに頭を下げたのである。
グールド先生の死
米ハーバード大学のスティーブン・ジェイ・グールド教授が5月20日、死去した。進化における断絶平衡説の提唱、卓越した文章で人を魅了して止まない科学エッセイの執筆、そして天体衝突にいち早くポジティブな姿勢を示した古生物学者であった。
(William Blake : The Ancient of Days / 1794 由紀 聡平)
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